異次元 | ナノ


異次元 
【鍾会クンの憂鬱】
 




「べっ、別に、最初から名無しを一番に登録すると決めていた訳ではないぞ!!携帯を操作していたらたまたま真っ先に目に入ったのがあなたに貰ったメモ用紙だったので、流れと言うか、偶然の結果というか、その……っ」
「……。」
「そ…、そうだ!登録の事だけではない!この電話も、あなたに真っ先にかけたのだ。まだ誰にも私が携帯を買った事は伝えていないが、あなたに最初に伝えようと思って…。他の誰でもない、あなたに……って、ち、違う!!ななな、何を言っているんだ私は!!」
「……。」
「ご…誤解だっ。ただ単に、メモ用紙を見た時、私の頭にすぐさまあなたの顔が浮かんだだけなんだ。だから、それで……!!」

あたふたしながら必死に脳みそをフル回転させて言い訳をする鍾会だが、出てくるのは普段の優秀な頭脳からは考えられない程にガッカリな台詞ばかり。

これでは自分がデータ登録も電話も名無しが初めての相手であるという事がバレバレではないか。


─────終了─────


(き、消えたい……。本気で……!!)

こういう場面における己の口下手っぷりが不甲斐なくて仕方なくて、鍾会はガックリと頭を垂れた。

は…、恥ずかしいっ。

恥ずかしいったら恥ずかしい。超絶恥ずかしいよママン!!

鍾会がしばらくそのままの体勢で試合を終えたボクサーのように真っ白に燃え尽きていると、名無しの唇から零れ出る吐息混じりの声が鍾会の耳朶を打つ。

「……嬉しい。ありがとう……!」

しっとりと響く名無しの柔らかい声に、鍾会の胸がドクンと跳ねる。

「じゃあ私も鍾会とお揃いにするね。私のナンバー000、鍾会に変更します」

名無しの言葉に、鍾会の両目と口が見る見るうちにポカンと開かれていく。

えっ?えっ?どういう事だ?

「実は私、真っ先に入れたのは自分の番号なの。自分の番号とかメールアドレスとか、人に教える時にいつも忘れちゃうからすぐ呼び出しできるように電話帳の最初に登録しておこうと思って」

照れ臭そうに笑いながら説明してくれる名無しの声が、鍾会の脳に留まる事無く右から左に通過していく。


名無しが私を?お揃いに?


なっ…、なんだって────っ!?


体が宙に浮いたようなフワフワとした高揚感が込み上げ、雲の上にいるような不思議な感覚が鍾会を包む。


これは夢か。夢なのか!?


「だから消しても別に何の問題もないし、後から追加入力しても差し支えは……」
「本当かっ!?」


名無しの言葉を途中で遮り、鍾会が思わず叫ぶ。

防音設備も整った高級マンションでの一人暮らしとはいえ、嬉しすぎてとんでもない大音量で絶叫してしまった。

そんな自分の行動に面食らい、思わず携帯を落としそうになった鍾会は慌てて携帯を持ち直す。

「べ…、別に私は喜んでなどいないからな!」

内心大喜びしている自分の気持ちを名無しに気取られたくなくて、鍾会は強い口調で名無しに告げる。

「私の方から頼んだつもりは微塵もないが、あなたがそこまで言うのなら仕方ない。名無しがどうしても私とお揃いにしたいと言うのなら……その……構わないが?」

思わせぶりな台詞を吐いて、無駄に偉そうな態度を取る鍾会。

台詞の内容こそ別にどうでも良さそうで、あくまでも上から目線の姿勢を保ち続ける鍾会だが、名無しにそう言う鍾会の顔は目に見える程に真っ赤だった。

これが電話だった事に、鍾会は心底感謝していた。

もし目の前に名無しがいたとして。

そんな自分の顔を彼女に目撃されてしまったというのなら、文字通り顔から火が出るほどに恥ずかしくて、まともに彼女の顔が見られなかったに違いない。

あー、電話で良かった!!


────しかし。


「……。」


鍾会の返事を聞いた名無しは、急に無言になってしまった。

自分の望む答えがすぐさま戻ってこない現実に、鍾会が焦る。

(な…、なんで黙っているんだ名無しっ。早く返事をしろよ…!)

電話での会話は相手の顔が一切見えず、声や口調からしか判断する事が出来ない為、言葉の内容や会話の流れによっては相手の真意を図りかねる場合も多い。

この時の鍾会も同様で、名無しとの会話における初めてのシチュエーションに心を乱していた。

自分の表情が好きな相手に読まれなくて済むのは、こんなに便利なのかと感動したのに。

逆に、好きな相手が今どんな顔をしているのか一切読み取れないというものは、こんなにも不安な事だったなんて。

(返事……、してくれよ……)

沈黙に耐えきれず、鍾会は乙女のように両手でギュッと携帯を握り締める。

その時間は、数字にしてみればほんの1分、二分の事だったのかもしれない。いや、実際はもっと短かったのかもしれない。

だが鍾会には、この時の名無しの沈黙がまるで無限の時間のように感じられていた。

神に祈るような気持ちで鍾会が名無しの返事を待ち続けていると、不意に『……プッ』と名無しが吹き出す音が聞こえてきた。

「な、何故笑う!!」
「ご、ごめんなさいっ。今の返事、凄く鍾会っぽいな〜って思ったものだから…。わ、笑っちゃいけないと思ってずっと我慢していたんだけど、なんだか鍾会が可愛くて……ふふふっ!」

責める鍾会に、名無しが謝罪と笑いを同時に返す。

どうやら、名無しは鍾会の発言に腹を立てていたという訳ではなく、単に笑いを堪えるのに必死だっただけのようだ。

「か…、可愛いだとっ!?そんな風に言われて喜ぶ男がいるものか!私は選ばれた人間・鍾士季だ!!可愛いのではなく頭が良くて顔も良くてカッコイイと言え。訂正しろ、名無し!!」

不安がただの徒労に終わった事に内心ホッとしつつも、今度は馬鹿にされたような気がしたのが悔しくて、鍾会は語気を強めて反論する。

「ふふふ、そうだよねっ。可愛いなんて言われても嬉しくないよね。じゃあ訂正します。鍾会はいつでも本当にカッコイイよ!」
「なっ…!ば、馬鹿っ、本当に言うな!そんな言葉を易々と……恥ずかしいだろう!!」

カッコイイと言え!と要求したのは自分なのに、名無しにその通りにされた鍾会はより一層カアッ…と頬を上気させた。

好きな相手に褒められるのは嬉しいが、直球で言われてしまうと照れてしまう。

愛する女性からの褒め言葉もつい否定してしまう鍾会は、絵に描いたようなツンデレ男子なのだ。

「さっきのも、ちゃんともう一度お願いするね」

鍾会の言葉を受けて、名無しが素直に言い直す。

「鍾会の言う通り、私が鍾会とお揃いにしたいの」
「……う。そ、それは……っ」
「だから、鍾会を私の携帯の最初の番号にさせて下さい。……だめ?」

ゴクリ。

甘さを感じる名無しの問いに、鍾会が思わず生唾を飲む。

電話越しに微かに聞こえてくる名無しの息遣い、そして蕩けるような声で話す名無しの可愛らしい『お願い』に、鍾会は危うく鼻血を出す所だった。

せっかく治まったと思ったのに、下半身がドクン、ドクンと熱く脈打つのを感じる。

(やばい…!し、静まれ!!)

今はまだ、その時ではない。名無しとの一夜には程遠い上、彼女はここにもいないのだ。

だから静まれ、皆の者!!私のビッグサンダーマウンテンッ!!


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