異次元 | ナノ


異次元 
【鍾会クンの憂鬱】
 




(な、何故だ。名無し…どうしているんだ。今どこにいるんだ……?)

携帯を持っていなかった時には気にならなかったが、こうしていつでも連絡出来る状態になると急に繋がらない事≠ノ対する不安が生まれてくる。

プルルル、プルルル、プルルル、プルルル……。

名無しは家にいないのだろうか。どこかに遊びに出掛けているのだろうか。

司馬師や司馬昭と一緒にいるのだろうか。それとも、自分の知らない他の男と─────。

(……っ)

言葉に出来ないモヤモヤを抱き、鍾会が再度唇を噛む。

せっかく勇気を出して名無しに初電話をしたのに、不在のままなんてあんまりだ。

もう、諦めて電話を切ろうか……。

プルルル、プルルル、プルルル、プルルル……。

ピッ。

「────はい。もしもし……?」
「!!」

鍾会が電話を切ろうと思った直後、突然受話口から名無しの声が聞こえてきた。

びっくりした鍾会は、咄嗟に携帯を顔から離して画面を確認してしまう。

画面には、『通話中』の文字が表示されていた。

つ、つつつ、繋がったっ!!!!

「あの…、どちら様ですか?」

鍾会が再び受話口を耳に当てると、怪訝そうな名無しの声が聞こえる。

知らない番号から夜中に突然電話がかかってきたので戸惑っているようだ。

「わ…、私だ、名無しっ。同じ無双大学の鍾士季だ!」
「……!!鍾会!?本当にっ!?」

鍾会の名前を聞いた名無しは心底驚いた様子で聞き返す。

「じゃあこれ、鍾会の携帯番号なんだね。突然知らない番号からかかってきたものだから、誰だろう?って思っちゃって…。よくよく考えたら私の方から番号を教えたのに、鍾会から電話を貰ってビックリするなんて失礼だよね。ごめんね」
「い、いや、別に…。名無しが私の番号を知っているはずがないのだからな。見覚えがない番号からかかってきたら不審に思うのも仕方ないだろう。気にしていない」
「そっか。良かった…。鍾会、ついに携帯買ったんだね。機種は何?」
「NIX007だ。カタログとかネットで色々調べてこれにした。良さそうだったのでな」
「えっ、NIX007って確か出たばかりの新モデルだよね?いいなー!何か自分の身近な人が携帯買うと自分も欲しくなっちゃうね。子上もそうだし、子元も変えたっていうし…。私もそろそろ新しい携帯見に行ってみようかな?」
「そうなのか?いくつかショップを回ってみたが、冬モデルが結構出ていたぞ」
「本当?見るだけで楽しそうだね。まだまだ使えるからすぐには変えないと思うけど…今週中にでも一回行ってみるね!」

楽しそうな名無しの声が、鍾会の耳に届く。

自分が求めていたのはまさにこれだったのだと思い、鍾会の胸は感動でジ〜ンと打ち震えていた。

かける前は『何を話せばいいのだろう』と戸惑っていたが、名無しが話題を振ってくれるおかげで意外と楽に話が続いている。

好きな子と、大学以外でも繋がる事が出来るなんて。彼女の声を聞く事が出来るなんて。

こんな風にして他愛ない事で語り合う事が出来るなんて、昨日までの自分から考えてみれば、本当に─────夢みたいだ。

「そ、そういえば…名無し…良かったのか?」
「え?なあに?」
「さっきから電話をかけていたが、なかなか出なかったから。何か用事があったというのなら、その……」

鍾会が先程からずっと気になっていた事を尋ねると、名無しは『ああ!』と答え、ガチャガチャッと、何やら携帯を持ち替えているような音がした。

「丁度お風呂に入っていた所なの」
「えっ!?お、おおお…お風呂っ!?」
「そうなの。携帯が鳴っているのは分かっていたけど、出たばかりで裸だったからすぐには取りにいけなくて…」
「は、は、裸っ!?」
「でも今はもうバスタオル巻いてるよ。一応暖房入っている部屋にいるから寒くないし、大丈夫!」

ごく普通の口調で説明する名無しとは対照的に、鍾会はすっかりパニック状態に陥っていた。

電話の向こうで、好きな女性が裸体にバスタオルを一枚羽織っただけの姿で存在しているというのだ。

漏れ聞こえる名無しの息遣いに加えて、彼女の白い肌から立ち上る湯気や石けんの香りまで電話を通して伝わってくるようで、鍾会は話している最中に自分の息子がムクムクッと起き上がり始めているのを実感していた。

鍾会とて健康的な若い男性。

好きな女性の湯上がり+バスタオル姿を想像するだけで、半勃ちは余裕である。

そんな話を偶然本人の口から聞く事が出来るなんて、ああ、なんて素晴らしきかな携帯電話。……ではなく、なんて恐ろしきかな携帯電話!!

ダメだこれは!!はっ…、早くなんとかしないと!!

「そ、そう言えば、さっき説明書を見ながらあなたの番号を携帯に登録してみたのだが、思った以上に時間がかかって驚いた。PCのキーボードなら打ち慣れているし高速ブラインドタッチも余裕なのだが、携帯の小さいボタンに変わるだけでこうも操作性が変わるとは…」

コホン、とわざとらしく咳をして、鍾会は話題を変える。

「ああ、分かる分かる…!PCは得意でも携帯でメールを打つのは苦手だっていう人もいるもんね。私も最初は物凄く時間がかかったよ。でも鍾会なら頭がいいからきっと覚えるのも早いと思うし、あっという間にマスターしちゃうだろうね」
「フッ。あなたに言われるまでもなく、一日でマスターするつもりだ。大体、あなたのデータだって手慣れていればもっと早かったのだ。私の携帯に最初に登録したのがあなたのデータだったので、事前に練習する事が出来なくて、それで……」
「……え……」
「?どうかしたのか?」
「鍾会、私を一番に登録してくれたの?家族とか、他の人じゃなく…?」
「!!」

しまった!!

『名無し=ナンバー000』の事実を知られてしまった事を悟り、鍾会はハッと息を飲む。

名無しには絶対に秘密にしておこうと思っていたのに、こんな形で自分からバラしてしまうなんて!

「そっ、それはっ、あのっ、その……!」

名無しが目の前にいるという訳でもないのに、鍾会は全力で手をブンブン振って否定する。


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