異次元 | ナノ


異次元 
【鍾会クンの憂鬱】
 




(次はネットだ)

『携帯電話 お勧め』『携帯電話 人気機種』など気になるキーワードをいくつか打ち込んでいくと、PC画面には瞬時に膨大な情報が映し出される。

メーカーや専門家の商品説明も勿論参考にするが、鍾会が最も重要視するのはユーザーの声といったレビューページだ。

実際に使ってみた人間が述べる感想が一番信憑性が高いと感じる鍾会は、人気の機種や最新型の機種の使用感想を見付けると即座にそのリンクをクリックしていった。

一言コメントからしっかりした長文感想までくまなく調べる鍾会だが、レビューページを見ているとたまにイラッとする事がある。


『商品はまだ届いていないから使用感は分かりませーん。でも、期待を込めて☆4つで!!チュッ☆☆☆☆』
『一つ前の型しか使った事がないので新モデルはまだ買っていません。ですが、旧モデルを2年間使用した人間の経験から言わせて頂きますと、多分新モデルの機能としては……』


コラ───!!届いてから書け!!


実際に試してからその感想を書いてくれ!!何の為のレビューページだと思っているんだ!!


レビュー目当ての他人が見ても全く役に立たんだろうが!!ンガ───────!!


そんな憤りを感じつつも、鍾会はその度に美味しいコーヒーを飲んで心を落ち着け、黙々と検索作業に没頭し続けた。

気が付けば数時間が経過し、段々空が明るくなってきた頃、鍾会はようやく購入予定の機種を三つに絞る事に成功した。

一つ目は司馬昭が持っていたx-phone4。ネットでの評価も高い、最新式のスマートフォンである。

二つ目はギャラクシー・βという高性能携帯。確か司馬師が持っている。これもまたつい最近出たばかりの冬モデルだ。

最後はNIX007。これも発売直後の冬モデル。防水機能が付いている。インターネットを利用する際のアクセスが非常に高速で、その他の機能面も申し分なし。

(……長時間かけて調べ上げ、せっかくここまで絞り込んでおいてなんだが)

PC画面に映し出される画像を見ながら、鍾会はグッと奥歯を噛み締める。

(ここにきて結局あの二人と同じ携帯を買う羽目になるなんて癪だ)

商品としての性能が抜群に良いのは認める。ユーザー人気が高いのも認めよう。

しかし司馬師や司馬昭の後を追いかけるような形で同じ機種を購入するのはやっぱり嫌だ。断じて!!

(これにする)

そう思った鍾会は製品面での魅力についてx-phone4とギャラクシー・βに内心後ろ髪を引かれつつも、その未練を振り切ってNIX007を買う事に決めた。

名無しと仲良しの司馬師や司馬昭と同じ携帯を使いたくない。男としての意地である。

(そうと決まれば、今日にでもさっそく携帯ショップに行かないと!!)

眠気に襲われ、ふわあ…と大きくあくびをすると、鍾会は空になったマグカップを持ってキッチンへと向かう。

早く寝なければ、今日受ける予定の講義に支障が出る。

それが分かっていながら鍾会にここまで夜更かしをさせたのは、ひとえに名無しに対する深い愛情だった。



そして、数時間後。

無双大学の一室には、懸命に眠気を堪えて根性でノートを取る鍾会の姿があった。

眠いからといって決して居眠りはせず、真面目に全ての講義をクリアすると、鍾会は急いで大学を出て目的の携帯ショップに走る。

「いらっしゃいませー。番号札をどうぞ!」

鍾会が店内に入った途端に入り口付近にいた店員に呼び止められ、番号札とファイルが手渡される。

鍾会はテーブルに座って申し込み用紙にせっせと必要事項を書き込みながら、素直に順番が来るのを待った。

「75番でお待ちの方。4番のカウンターへどうぞ!」

自分の番が呼ばれた事に気付き、鍾会はドキドキしながら4番カウンターへと向かう。

浮き足立つ気持ちを抑え、表面上はクールな態度を保ったままで移動する。

「大変お待たせ致しました。本日はどういったご用件でしょうか?」

4番と書かれたカウンターの前では、綺麗に化粧をした携帯ショップの店員が満面の営業スマイルを浮かべて鍾会を見る。

鍾会は先程書いた書類を店員に差し出し、続いて鞄の中から例のカタログを取り出してパラパラとめくる。

やがて鍾会は目的のページを見つけ出すと、そこを開いて店員に見せながら話した。

「この携帯が欲しくて来ました。まだ在庫はありますか?携帯は今まで持った事がないので、料金プランや付加サービスについては説明を読んだだけではいまいち分からない部分があります。よ…、良かったら、その辺も詳しく教えて欲しいのですが……」

人に教えを請う事に慣れていないのか、緊張しているせいなのか、後半にいくに従って鍾会の口調がモゴモゴと乱れる。

店員が見ると、鍾会の指差す先には『NIX007』の画像が載っていた。

赤ペンで商品画像と項目の部分を丸で囲ってあるのは、後から探しやすくする為だろう。付箋も貼ってある。

この溜息ものの美青年が一生懸命カタログを読み込み、付箋を貼り、赤ペンを握り締めてグリグリやっていたのだろうか。

想像すると、なんだかカワイイ。

そんな光景をイメージした店員は、思わず頬を緩めてフフフと笑う。

「かしこまりました。では、お客様のお話を伺いながら、順を追ってご説明させて頂きますね。お客様に一番相応しいプランを、一緒に探しましょう」

柔らかく微笑み、どうぞそちらにおかけ下さい、と言って椅子を指し示す店員を、鍾会がまじまじと見つめる。

「よ…、よろしくお願いしますっ!」

あっさり了承を得た事がよほど嬉しかったのか、上擦った声で女性店員にそう告げる鍾会の顔は、パアア…と発光するような喜びに満ちていた。

(やだー!!このイケメン、お世辞抜きで本当にカワイイんですけどー!!!!)

照れたような、困っているような、恥ずかしいような複雑な表情を浮かべて戸惑い気味の声を発するハニカミ鍾会を前にして、女性店員は完全にメロメロになってしまった。

新年一番、今年のヒット。爆裂ヒット!!

彼が生まれて初めて携帯を買おうと決めた理由については分からないが、こんな男の子と電話が出来る女の子がいたら本気で羨ましいっ。呪ってやりたい!!でも仕事!!

「勿論ですよ!!ささっ、どうぞ!!」
「え、ええ。では、さっそく……」

やる気満々の店員に促されるまま、鍾会が椅子を引いて着席する。

携帯電話の契約は機種変更やプラン変更をするだけでも結構な時間がかかる物だが、鍾会のように初めて購入する場合は様々な説明や必要書類の作成等で余計に時間がかかる。

ああでもない、こうでもない、やっぱりこっちにする、あれも付けてくれ…と話し込んでいた結果、鍾会と店員の打ち合わせは二時間半にも及んだ……。


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