異次元 | ナノ


異次元 
【鍾会クンの憂鬱】
 




「子上、子元!どうしてここに?」

二人の登場が予想外だったのか、名無しは目をぱちくりさせた。

司馬師達といる時に周囲の人々がざわめき出すのは、名無しにとってはすでに慣れっこの現象らしい。

「たまたまこの近くを歩いてたんだよ。で、喫茶店にいるって聞いたから、ルート変更してそのままこっちに来たって訳です」

名無しの問いに、司馬昭は得意げにフフンと笑う。

彼女と同じようにして少々驚いた顔で自分を見上げる鍾会と名無しの顔を、司馬師が交互に見やる。

「……鍾会といたのか」

低い声を頭上から降らされ、鍾会の胸がドクンと跳ねる。

司馬兄弟。

希代の秀才と噂され、この大学の中でも向かう所敵無しといったエリート生活を送っている鍾会にとって、この司馬兄弟こそが唯一の壁と言える存在だった。

別に仲が悪いという訳ではなく、無双幼稚園時代からずっと一緒に育ってきた彼らと鍾会は普通に男友達と言える仲であり、一緒に遊ぶ事も度々あったが、言うなれば良きライバルといった所であろうか。

家柄、財力、頭脳、運動能力、成績、顔、スタイル、女性からのモテモテ度の全てにおいて、司馬兄弟は鍾会と拮抗し、時には上回る資質を持っていた。

首元にファーをあしらったフードが付いた深い紺色のダウンジャケットを羽織り、ビンテージ物のダメージデニムを格好良く履きこなしている司馬昭は、男らしく整った顔立ちの色男である。

彼の隣に立つ兄の司馬師は大人っぽい黒のトレンチコートを颯爽と着こなしていて、首に巻かれたバーバリーチェックのマフラーにはらりとかかる黒髪がアンニュイな色気を醸し出しており、これまたとんでもない美男子だ。

(だからと言って、負けるつもりはないが)

鍾会とて、見た目の良さなら決して彼らに引けを取ってはいない。

パリッとしたシャツの上から仕立ての良い高級ニット素材のVネックセーターを纏い、クセっ毛を活かした今時っぽいエアリーなヘアスタイルの鍾会は、そのまま整髪料のCMに出てきそうな美青年だった。

ハイレベルなイケメンが一堂に集う貴重なショットに喫茶店にいた他の女子学生の間からラブビームが飛び交い、『司馬昭君、素敵…』『司馬師先輩、本気でカッコイイ…!』『やっぱ鍾会君だよね…!』という熱い溜息混じりの声が漏れる。

しかし、そんな彼女達の視線をいつもの事≠ニばかりに軽く受け流す司馬兄弟とは違い、鍾会は内心彼らに対してライバル心を剥き出しにしていた。

好きな女性と仲のいい同性は、ただでさえ邪魔なものだ。

それがこれだけの美形二人ときたら、鍾会でなくても恋する男女なら心穏やかではいられない。

「あれ?子上、なんだか携帯が違う…。ひょっとして、また新しい機種に変えたの?」

密かに対抗心をメラメラと燃やしている鍾会をよそに、名無しは司馬昭の手に握られた携帯に視線を注ぐ。

司馬昭が持っていたのは先日発売したばかりのモデル・x-phone4だ。

「お。気付いた?さすがは名無し、お目が高い。この間出たばかりのx-phone4だぜっ。何を隠そう、昨日変えたばかりなんだよ。車と携帯と女は古い物をいつまでも持たない、新しい方がイイ!≠チていうのが俺のポリシーだからな。ハハッ!」
「子上……」

手の平の上で器用に携帯をクルクルと回し、さも当然!と言わんばかりの口調で笑いながら告げる司馬昭を、名無しが普段の彼女に似合わぬ冷たい目付きでジトーッと睨む。

「な、なんだよ名無し、その目はっ。俺に対する、可哀相な生き物を見るような目は……」
「……別に……」
「……。」
「……。」
「そんな目で見んなよ、名無し……」
「……。」
「見んなよ……俺を見んなよ……」

突き刺さるような名無しの目線に耐えきれず、司馬昭はわざと高い声を作って『キャッ!恥ずかしい!』と言いながら女子の真似をするようにして携帯を手にしたまま両手で顔を覆う。

そんな弟の姿を横目で見ながら、司馬師が楽しそうにクスクスと笑う。

「名無し、こいつ殴っていいぞ。兄として許す」
「子元が殴って下さい。兄として」

子元がやらないなら私がやります!と言ってグッと拳を固める名無しを見て、司馬昭が余計にキャー!やめてー!と女の子チックな悲鳴を上げる。

だが、彼らの遣り取りを間近で目にしていた鍾会といえば、何とも言えない寂しさと悲しさを一人噛み締めていた。

司馬昭と司馬師の父親である司馬懿も含め、彼ら司馬一族と名無しは昔からの知り合いであり、まるで家族のように親しい関係だという事は鍾会も知っている。

しかし、情報として知ってはいても、実際に自分の目の前で名無しが他の男と親しげに盛り上がっている光景を見てしまうとどうしても心が乱れた。

(私は、名無しとはそこまで親しい関係じゃない)

私はあんな風に名無しに接する事が出来ない。

あんな風に、互いに名前で呼び合う事も出来ない。『士季』と呼んでは貰えない。

人前で楽しそうに話す事も出来ない。まともに見つめ合う事も出来ない。


─────名無しと私は。


「……こんな事をしている場合じゃなかったな。そろそろ行くぞ、名無し」
「あ!…そうだった。こうしている内に上映時間が迫ってきちゃうね。早くここを出ないと!」

司馬師の言葉に、名無しが弾かれたように顔を上げた。

出していた携帯をバッグの中にしまいがてら、財布の残金や定期券を確認する名無しの姿を目に留めて、鍾会はさりげない風を装って声をかける。

「映画でも…見に行くのか?」
「うんっ。先週公開したばかりのMI3っていう映画があるんだけど、あれを三人で見に行くの!」
「えっ…!?MI3って確かアクション映画じゃなかったか。男同士ならまだ分かるが、名無しは女だろう。興味があるのか!?」
「もちろん。あのシリーズ、私1も2も両方見たの。主演のT・クルーズのアクションが本当にカッコいいんだよ!ストーリーも面白いし、毎回手に汗握ってハラハラしながら見ちゃう。ヒロイン役の女優さんも綺麗な人ばかりなの。今回はどんな風になるのかとっても楽しみ!」

鍾会の質問に、名無しはこれ以上ないくらいに満面の笑みを浮かべて答えた。

そんな彼女の言葉の全てが、鍾会にさらなる衝撃を与える。


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