異次元 | ナノ


異次元 
【籠の鳥】
 




「光秀殿ですか?」
「正解です」


頭上で何者かが笑った気配を感じ、私は首だけひねって後ろに立つ美男子の顔を仰ぐ。

私の背後に音もなく佇んでいたのは、織田軍が誇る名将・光秀殿だった。

「光秀殿のような色男に突然背後に立たれると、ドキッとします」
「ふふ…。これはおかしな事を。織田軍一の美少年との誉れも高い貴方の口から、そのような言葉が出るとは」

溜息と共に吐き出された彼の声は低く、どことなく色っぽい。

光秀殿はそのまましばらく私と一緒に中庭で繰り広げられている『お遊び』を見ていたが、子供達に目を視線を合わせたままで私に問いかけた。

「童謡、お好きなのですか?」
「いいえ、別に…。ただ幼い子供というものは、あのように恐ろしい歌をよくもまあ楽しげに歌うものだと思いまして」
「ああ…。処刑の歌の事ですね」

素っ気なく吐き出された私の返答に、光秀殿が短い言葉で同意の意を示している。



私が実際に聞いたかごめ歌の真実はこうだ。



『籠の中の鳥』という歌詞の『籠』は牢獄を意味し、『鳥』というのは読んで字の如く、籠の鳥───『罪人』を意味する。

『いついつ出やる』は罪人が牢屋から外に出られる日、すなわち『処刑の日』を尋ねているという。

そしてその処刑執行日、『夜明けの晩』。つまり夜明けと真夜中の中間地点の午前4時頃に、『鶴』と『亀』が滑る。

この二つはそれぞれ処刑人と首刈り鎌を指しており、滑るというのは鎌が振り下ろされる事。処刑実行の事。

その結果、斬首された首がゴロンと転がって、体は正面を向いているが、死体の生首は後ろを向いている。

よってその罪人の首が『後ろの正面』にいる人物────『私を殺した人間はだぁれ?』と質問しているという訳だ。

そんな話をしていると、光秀殿が不意に思い出したかの如く私に続いて言葉を紡いだ。

「私が聞いたかごめ歌の真実は、後方から突然突き飛ばされて流産する妊婦の話でしたがね…」


光秀殿が語ったかごめ歌の真実はこうだ。


かごめというのは『籠女』と書き、両手で籠を抱えたような女性。妊婦の事。そしてその中にいる鳥は『籠女』の腹の中、『胎児』の事。

『いついつ出やる』は出産予定日の事であったが、もうじき予定日を迎えようとしていたある日の事、お家同士の醜い相続争いに巻き込まれ、何者かに階段から突き飛ばされた妊婦はその結果流産してしまう。

可愛い我が子を殺されてしまった憎しみから、『私を突き落とした時に後ろにいたのは誰!?』という母親の呪いの歌という説。

「他にも一晩中望んでもいない男達の相手をさせられて、『いつここから抜け出せるのだろう』と己の忌まわしい運命を嘆く遊女。つまり『籠の中の鳥』の歌だとか。先ほど貴方が言った罪人説も、『後ろの正面』というのは死刑囚を呼びに来る牢屋番の姿なのか、それとも脱獄を手伝ってくれる仲間の姿なのか。自分の後ろに来るのは誰で、自分はこの先どうなってしまうのだろう?という意味も有るとか無いだとか。この他にもそれこそ色々な諸説がありますが、その中のどれが真実でどれが偽りなのか。…所詮『噂話』や『言い伝え』の真相なんて、最後まで誰にも分かりませんけどね」

流暢な口調で告げて、光秀殿はそこで一旦言葉を区切る。

「結論としましては、子供は無邪気だと言うことです。無知故に」
「その一言に尽きます。ただし、無知は罪悪ですけどね」

光秀殿の台詞の終わりを待たず、否定じみた言葉を発する。

私はこの世の中で一番子供という生き物が嫌いだった。正確に言えば、『子供だった時の自分』が大嫌いなのだと思う。

幼い子供を見ていると、無力だった頃の自分の姿を思い出す。

自分の力で闘う術を持たず、己の食い扶持も満足に稼げないタダ飯食い。

ひたすら他人から守られる事を『当然の権利』として受け止めることを何ら疑問に思わず、そのくせ自分の権利だけは大人以上に主張する。

自分の要望が通らないと知るや否や、泣き喚いて大人達を自分の思い通りに動かそうとする。癇癪を起こす。物を壊す。周囲の者に当たり散らす。


まるで、昔の自分の姿そのまま。


子供相手にそんな事を言っても仕方がないと思われるかもしれないが、私はとにかく子供が嫌いだったのだ。



吐き気がするほど、嫌いだ。



「この世の中で生き抜いていく為に最低限必要な知識や技術すら持たない者は、実際の戦場においても軍事においても、ただの無駄飯食いでしかありません。まあ光秀殿のように利口すぎるのもどうかと思いますけど?」

私の声に宿ったとげとげしい響きに、光秀殿が一瞬『おや?』というような顔をする。

眉目秀麗、武芸達者で知られる光秀殿は、信長様だけでなく城内の者達から広く人望を集めている武将だった。

自分よりも目上の男性武将達に対してだけでなく、非力な女性達にも礼儀を尽くす事を忘れない彼は名無しからの信頼も厚い。

露姫様のように根っからの男好きという訳でもない、どちらかと言えば割と身持ちが堅い部類に入る名無しが光秀殿には心を許し、親しげに談笑している場面にも私は何度も遭遇しているのだ。

自慢じゃないが、私だって信長様の信は得ている方だと思うし、城内の武将の中でも割と重宝されている部類に入るのではないかと思っている。


それなのに。


名無しに何か問題が起こった時、彼女が真っ先に頼るのはこの光秀殿だった。


私だって彼女の事を心配しているというにも関わらず、私が彼女に『何かあったのか』と尋ねると、名無しはいつも決まって優しい笑顔を浮かべて私を見返してくれるだけ。

『私は大丈夫だよ。余計な心配をかけてごめんね。蘭丸、ありがとう』


この言葉をどれほど歯痒いと思った事か。


そして光秀殿の存在を、どれほど憎いと思った事か。


そんな事もあってかどうかは知らないが、私はこの男性が内心とても苦手だったのだ。


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