異次元 | ナノ


異次元 
【有毒男子】
 




よく考えてみれば、表面上の事だけで言えば郭嘉は曹丕や司馬懿のような男性とは正反対の位置にある。

女性に対して常に優しく、甘い台詞と微笑みを絶やさない郭嘉は名無しのような女性の目から見れば素敵な男性に思えるが、司馬懿達のようなドSメンズから見れば天敵のような存在。

女性に媚びる事を良しとしないご主人様気質の彼らにとって、あちこちの女性に対して甘い囁きを降らせる郭嘉のサービス精神旺盛な振る舞いは言語道断であるし、そんな事を平気で行う郭嘉という男性は下の下であり、完全に理解の範疇を超えている。

水と油の如く、相性が悪い存在。

よって、そんな郭嘉と少しであろうが似ている≠ニ言われた事は、司馬懿にとって非常に不愉快な事であるという事を、名無しはこの時の司馬懿の態度から読み取った。

「仲達…、そんなに怒らないで。私の言い方が悪かったみたいでごめんなさい…。でも、本当に伝えたかった事は違うの。仲達みたいに上手に説明出来ないと思うけど、良かったら最後まで話を聞いてくれる?」
「イヤだ」
「仲達……」
「話したければ勝手に話せ。耳は聞いている」

司馬懿は短く告げ、持参した書類の束をペラペラとめくってそちらに視線を向けていた。

やはり機嫌を損ねたのか、見事にそっぽを向かれてしまったが、一応『話せ』という許可を得ることは出来たようなので名無しは勇気を出して続きを述べる。

「女性を口説いている時の郭嘉の目は…、熱心に口説いているように見えて、どこか冷めたように感じるの。言葉の上では愛を唱えながらも本当は愛なんて微塵も信じていなさそうな、女性の事も信じていなさそうな……」

名無しの言葉に、ピクッ、と司馬懿の指先が反応する。

「でも、誰も信じられないと思っているのに、この世に本当に真実の愛なんて物があるんだろうか、みたいな感じで、冷めた心の半分、残りの半分は熱烈に探し求めているような感じがする。冷たさと熱が一つの体に同居している感じの」
「……。」
「何て言えばいいんだろう。郭嘉の目って、冷たさと甘さと切なさと苦悩とか、色々な要素が複雑に入り交じっているように感じられて…、あの人自身、見た目のイメージ以上にとても複雑な人のように感じられて……」
「……。」

自分の脳内に浮かぶイメージを懸命にまとめるように、慎重に言葉を選びながら途切れ途切れに話す名無しの意見を、司馬懿は黙ったままで聞いている。

「優しそうに見えるけどその実はとても現実的で合理主義的な所が垣間見える所とか、享楽的に見えてどことなく影のありそうな所とか、その辺のクールさは曹丕や仲達と似ている気がする。なんとなく……」

普通に明るい人間や裏表のない性格の人間も好かれるとは思うが、明るく見えて実は影があるとか、何かを背負って生きているとか、ギャップのある相手に惹かれる人間は男女問わず結構多い。

だからこそ、郭嘉の憂いを帯びた美貌に落ちる一筋の影の存在が、より一層強い魅力となって異性の心を惹き付けるのではないかと名無しは感じた。

「……ふん」

名無しが最後まで話し終えたのを確認すると、ようやく司馬懿は書類をめくる手元を止めて名無しを見た。

普段名無しが何を言っても即座に言い返してくる司馬懿にしては、静かな反応。

郭嘉と似ていると言われる事自体は不本意だ。

だが『あなたと似ているからこそ、断れなかったの』と言われれば、それなりに自尊心をくすぐられない事もない。

そもそも、曹丕や司馬懿のようにダークな香りのする男に逆らえないように名無しを躾けたのは、他ならぬ自分達である。

自分達が率先してそのように教育したのであれば、自分達に似た部分がある男に名無しが惹かれてしまったとしても、ある程度は仕方ない。

そう思い、名無しを責める勢いが先程よりも薄れていく司馬懿の心情をよそに、名無しはまだ郭嘉について何やら考え込んでいる。

「仲達の言う通り郭嘉は危険な男性だと思うけど…、でも、郭嘉に惹かれる女性の気持ちは私にもなんとなく分かる気がするかも」

一夜限りの夢だと分かっていても、それでも郭嘉なら……という女性の気持ちも、同じ女なら分からないではない。

決して自分一人だけの物にはなってくれない男性だと分かっていても。

例え男の降らせる熱い眼差しや甘い言葉の全てが嘘偽りに満ちたものだとしても、彼になら騙されてもいい。むしろ騙されたいとすら思える男性は、確かにこの世には存在する。

その一人が郭嘉ではないかと、名無しは素直に思うから。

「何だかんだ言っても、男の人から熱い眼差しで見つめられたい、甘い台詞を囁かれたいって望む女性は多いと思う。冷たい男性と郭嘉みたいに甘い雰囲気作りが得意なプレイボーイだったら、後者が好きな女の人は多いんじゃないかな、きっと」

元来真面目な性格もあって一度真剣に考え出したら止まらないのか、自分に向けられる視線に全く気付かず、名無しはウンウンと唸りながら語る。

司馬懿の目が再びヒンヤリと冷気を帯びてきている事を、まだ名無しは知らない。


「どっちがいい?って聞かれたら、やっぱり私だってそうだもの─────……」


ハッ。


ここにきて、やっと名無しは突き刺すような司馬懿の鋭い眼光に気が付いた。

名無しがヒクッ、と小さく喉を鳴らして恐る恐る男の顔を見た時にはもう遅い。

赤い唇をニヤッと吊り上げ、不気味に笑う司馬懿の冴えた美貌が名無しの視界に映し出される。


しまった!!やらかした!!


「お前の今の台詞は殿に報告しておく」

司馬懿は低い声でそう言うと、手元の書類に再度視線を落とす。

さらりと告げられた男の言葉に多大な恐怖を感じ、名無しは思わずギョッとして目を見張る。

曹丕に言う?何を?私の?

さっき言った『冷たい男性と郭嘉みたいに甘い雰囲気作りが得意なプレイボーイだったら、私だって後者が好き』っていう部分?

やめてやめて仲達。それだけはやめてっ。

そんなつもりじゃなかったのに。

完全に言葉のあやだとはいえ、それではまるで曹丕達より郭嘉の方が男性として上だと自分が宣言しているようではないか。

それを曹丕に言うなんて怖いからやめて!!まさか!!!!


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