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【愛の発光】
 




夜の闇の中、自らの肉体を発光させながら自由自在に舞う美しい蛍。

だが、蛍の寿命は非常に短い。

成虫となってから、蛍が生きていられるのはたったの十日間から二週間ほどしかない。

その一瞬しかない時間を争うように、オスはメスに求愛する。




ある日の夜。

『仕事が終わったら、少し気分転換の為に外に出ないか?』
『気分転換?』
『そう。良い場所があるんだ』

郭嘉にそう誘われた名無しは、彼と二人で魏城から少し離れた場所に存在するとある水辺に来ていた。

その場所は昔から時期が来ると蛍の群が見られると言われていて、魏の若者たちだけでなく老若男女問わず人気の癒しスポットであった。

「わあ…!あっちを見て、郭嘉。蛍があんなにも沢山……!」

遠くを指差しながら、男の方を振り返る名無しに笑顔が零れる。

丁度タイミングが良かったのだろう。

仕事を終えた名無し達がその水辺を訪れた時には、まるで二人の来訪を待っていてくれたかのように沢山の蛍たちが水辺に集まっていた。

「なんて綺麗……」

名無しは短く感想を告げた後、うっとりとその光景に見入る。

腹部の後方からほのかな光を発しながら、その場でじっと静かに留まる蛍たち。もしくは、活発に動き回る蛍たち。

なんて綺麗なのだろう。なんて幻想的な光景なのだろう。

魔法使いがかけた魔法のようにして突如暗闇の中に現れた数多くの発光体の美しさは、幻想的という言葉を超えてもはや神秘性すら感じられるほどだ。

「以前この光景を見た時から、一度あなたを連れて来たいと思っていたんだ」

長い指先で優雅に前髪を掻き上げながら、郭嘉が甘い声で呟く。

「郭嘉、前からこの場所の事を知っていたの?」
「うん。蛍が沢山見られる有名なデートスポットがあると私の女官が言っていてね。どこにあるの?と聞いたら、親切に教えてくれたんだ」

名無しの質問に、郭嘉は素直に答える。

「なるほど…。じゃあ、その女官もすでに郭嘉の恋人の一人ってことだね」

どう考えても、この男性がただ場所を教えて貰うだけで話が終わるとは思えない。

そう思って名無しが突っ込むと、

「もちろんだよ。だって、そんな風に色々と教えてくれる優しくて親切な女性の事を、どうして私が放っておけるとでも?」

と、何ら悪びれる事もなく郭嘉はヌケヌケと言ってのける。

常に自分の世話をマメに焼いてくれるかいがいしい女性の事を、放っておくことなんて出来やしない。

そんな事をふふっと笑いながらナチュラルに公言できる郭嘉のような男性こそが、真のプレイボーイと言えるのかもしれない。

(確かに、この顔で口説かれればきっとどんな女性でも堕ちるよね……)

名無しが反論するのも諦めてしまうほど、郭嘉は美しい男性だった。

優れているのは見た目の美しさだけではない。

曹操の覚えもめでたい魏の軍師としての社会的地位、権力、財力、知力、才能、優雅な仕草に甘い声。どれをとってみても男としては一級品。

その反面、誰にでも欠点はある≠ニの言葉通り酒と博打、女が大好きなメチャクチャ生活を送っていた郭嘉だが、彼ほどの男性ともなればそんな事などどうでもいいと思える女達も多いだろう。

神に愛された存在。そして、女達の愛を一身に受けるために生まれてきた存在。

郭嘉という男性は、名無しの目にそのようにして映った。

「こうして見ると、蛍って本当に凄いよね」
「どうして?」
「だって、あんなに小さな体でこれだけの光を生み出しているんだもの。どれだけの力を必要とするんだろう。もしかして、蛍にとっては命懸けにも近い行為なのかな?」

私達が今見ている姿は本当に貴重なものなのではないだろうか、蛍は疲れているのではないだろうか、大変な行為なのではないだろうか?と蛍の身になって彼らの身を案じる名無し。

そんな彼女の姿を、郭嘉は優しげな眼差しで愛しそうに見つめていた。

「名無しは蛍の寿命を知っているかい?」
「蛍の…寿命…。ごめんなさい、すぐに出てこないの。でも、郭嘉がわざわざそう聞いてくるって事は、それだけ蛍の寿命が短いってこと?」

男のしてくる質問の意図を読み取り、名無しは少し考えた後にそう返す。

「うん。いい読みだ。あなたは賢い女性だね」

名無しの問いに、郭嘉は楽しそうな顔をした。

「蛍の寿命は非常に短い。成虫となってからは、蛍がこの世に存在していられるのはおよそ十日間から二週間ほどしかないと言われている」
「そんなに……。じゃあ蛍はセミやカゲロウ、玉虫と同じように、すごく短命な生き物なんだね」
「そうだね。正確には、成虫になってからの命が短い≠チてことかな」
「…そう…」

男の答えを聞いた名無しの瞳は微かに揺れ、何とも言えない悲しみの色が宿る。

種類にもよるが、地上に出て成虫になってからはおよそ二週間の命と言われるセミ。

一夏で死んでしまうと言われる玉虫。

それどころか、たった一日から三日で死んでしまうと言われるカゲロウの成虫。

それがその昆虫たちに与えられた宿命なのだから、と頭では何とか理解しようと思っていても、そういった話を耳にする度に名無しはとても切ない気持ちになってしまう。

大人になった途端、およそ十日間から二週間ほどしか生きられないとされる蛍。

無論、自分達人間の一生と比べるのは時間の感覚的にも異なる部分があるだろう。

それでも、刻一刻と迫る自らの死期を前にした虫たちの気持ちというものは、一体どのようなものなのだろうか?

「じゃあ次。大勢の人々が美しいと心惹かれるあの蛍の光は、一体何の為だと思う?」
「う〜ん。難しいな…。でも、何故かと聞かれれば、動物や昆虫の行為には必ずそこに理由があるはずだよね」
「おや…、今日の名無しは冴えてるね」
「あれっ。郭嘉がそう言ってくれるって事は、この答えは結構いい線ってことなのかな。多くの昆虫にとって大切なことと言えば、種の保存…子孫を残す…求愛活動のため?」

口元に指を当ててじっと考えを巡らせる名無しに、郭嘉が頷く。


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