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【理不尽】
 




「じゃあ、私ももっと色っぽい格好をしてみようかな?」


……えっ。


いつから?


どこで?


突然放たれた名無しの呟きに、珠稀が訝しげに眉根を寄せる。


「はぁー!?ダーメだよ!名無しちゃん!!そんなの危ない。絶対ダメ!!」

先程までの軽い雰囲気はどこへやら、珠稀は慌てたように両手を振って制止した。

そんな彼の勢いに圧倒され、名無しはビクッと肩を跳ねさせる。

「ど、どうしてですか?珠稀さん。だって、その方法をお勧めして下さったのは珠稀さんなのに…」
「ダメだ。無理。いやいや、ないでしょ。誰が何と言おうと無理無理無理無理!」

当たり前のように言って、珠稀はついでとばかりに首までブルブルと左右に振る。


「ていうか、君が良くても俺がイヤ。ちょっと風が吹いたら即パンツが見えそうな超ミニスカート履いて、歩く度に体が揺れるヒールの高い靴まで履いて、男の前でお尻プリプリ揺らしながら歩き回る名無しちゃんなんて想像するだけで絶対イヤ。すっげーイヤ!!」


……何という具体的な想像だろう……。


呆気に取られる名無しをよそに、珠稀は端整な顔を露骨なまでの不快感に歪めて全力で否定した。

女なんてよりどりみどり、何者にも囚われずに

『好きにすれば?』
『勝手にすれば?』

と適当に扱うつれない五代目が、名無しちゃんが他の男の前で露出度の高い格好するなんてイヤだ≠ニまるでお子様みたいに駄々をこねている。

その部分だけ聞いていれば

『あの珠稀様が私の為に心を痛めて下さるなんて!』
『ひょっとしてヤキモチ…!?イヤーン!!珠稀様にたった一度でもそんな事言って貰えるなら、もう私、死んでもいいっ!!』

と、狂喜乱舞する女達が大量に湧く事だろう。

しかし名無しはそうは思わず、珠稀の台詞を全く別の意味に捉えていた。

良い意味ではなくて、悪い意味での『そんな姿なんて見たくない』だと受け止めたのである。

「そ、そんな…。そんなに私の体型って、そういった格好が似合わないですか?珠稀さんにそんなに嫌な顔をされてしまうほど、お見苦しいでしょうか?」
「えっ!?違うって!べ、別に俺はそういう事を言いたい訳じゃなくて…」

男に容姿レベルが低すぎると言われたように感じ、名無しの口から吐息と共に落胆の言葉が零れた。

明らかにしょんぼりした様子で悲しげに瞳を伏せる名無しの姿を目に留めて、珠稀の表情に困惑の色が浮かぶ。


「むしろ、その……好き」


ボソリ。


「……え?」


唐突に告げられた短い言葉の意味が理解出来ず、名無しはきょとんとした顔で男を見返す。


「だから、その……。エロ可愛い格好の名無しちゃん……すげえ……好き」


普段キレのあるトークを展開する珠稀には珍しく、歯切れの悪い途切れ声。

思えば、彼は名無しの前でも普段からエロ可愛い子が好み≠ニ主張してはばからない男性だった。

微かに紅潮した頬は滑らかな肌との対比も艶やかで、男性にしては長い睫毛の影を落とす瞳には意味深で悩ましげな光が宿り、彫刻のように整った彼の美貌をさらに引き立たせている。

こんな男性に熱っぽい眼差しで見つめられ、甘く掠れた声で『好き』と言われたら、世の女性はたちまち強い目眩を感じて腰砕けになってしまうのではないだろうか。

「本当ですか?良かったー!」

珠稀が全てを言い終わった直後、名無しの両目は心からの安堵と感動で潤んでいた。

「私、以前からずっと女性らしくなりたい≠チて思っていたんです。服装とか髪型とか色々と新しい事にも挑戦して、女子力?と言うのでしょうか、今より少しでもマシになれたらいいなと思いまして…」

それはまるで、珠稀の言葉に自分の抱いていた悩みまで払拭して貰えたかの如く。

「男の人に、もっと自分の事を女性として見て貰えたら嬉しいなあって」

ウキウキと瞳を輝かせながら、恥じらい混じりに頬を染めてほのかな希望を語る名無しを、珠稀の鋭利な双眼が捕らえる。

「……誰」
「えっ」
「誰にだよ?」

不満げに顔をしかめ、珠稀が名無しをジロリと睨む。

これが凌統のように異性の扱いに慣れたプレイボーイやプレイガールなら、即座に『そんなの決まってる。アンタだっての』や『やっだー。もちろん○○君しかいないわよ!ふふっ!』などと返す事も出来ただろう。

しかし、名無しにはそのようなスキルはない。

自分にとってはただの希望的観測に過ぎず、何気なく口をついて出た単なる独り言に近いものだっただけに、予想外の質問で返された名無しは言葉に詰まる。

「えっと……。まずは、城の男性陣に……でしょうか?」

まさかそんな事を聞かれるとは夢にも思わず、名無しはとりあえず思い浮かんだ存在を述べてみた。

だがおずおずとした口ぶりで告げられた名無しの回答は、どうやら珠稀のお気に召さなかったようだ。

「サイッテー!!名無しちゃんの浮気者っ!!」
「ええーっ!?ど、どうしてですかっ!?」

突然罵声を浴びせられ、何事かと慌てて止めに入る名無しを珠稀が強い目付きで睨み付ける。

「だってそうじゃんっ。俺という男がありながら、名無しちゃんたらよくもまあいけしゃあしゃあと他の男に色目を使います宣言を……!!」
「あの…。え…えっと…?」

戸惑いと疑問に満ちた瞳で名無しが男を見上げても、名無しに対する珠稀の非難の声は止まらない。

「あーもう、信じらんねー。マジ信じらんねー。これだから女は信用出来ねー。もう最悪。名無しちゃんの尻軽女!男の敵っ!!」
「えっ…、えええ〜っ!?」


よりによって、珠稀さんがそれを言いますかー!?


思い切り言ってやりたい所を、名無しはグッと抑える。

その恵まれた容姿と能力、地位、権力、財力、その他諸々の利点を武器にして自分に近寄ってくる女達を次から次へと毒牙にかけ、しかも飽きた傍からポイポイ捨てているのは一体!どこの!どなた様!!


私に放った全ての言葉は、むしろ珠稀さんのような男性に相応しい称号なのではないでしょうか!?


そう反論してやりたいのは山々だが、相手はこの珠稀である。

それを言ったらさらに倍にして言い返されそうな気がしたから、名無しは黙って言葉を飲み込む。

でもやっぱり気持ちが収まらない。

知らず知らずのうちに頬を少し膨らませ、不服そうな眼差しでジトーッと自分を仰ぐ名無しに気付き、珠稀が負けじと見つめ返す。

「な、なんだよ。やんのか?上等だ!」

こんな時でも甘いマスクと心地良い声音がイケメンオーラ全開の珠稀だが、拗ねたような珠稀さんもなんだか可愛い。

……なんて思ったらそれこそ彼の思うツボだと思い、名無しは洗脳されまいと脳内で必死に抵抗を試みる。


(珠稀さんご自身のアドバイスだったのに……)


エロ可愛い女性が大好物。

そんな彼の言う通りにしようとしただけなのに、いざ実行しようとしたらこの始末。

他の女性には笑いながらセックスアピールしろよ≠ニ勧めるくせに、同じ事を自分がやろうとするのはどうしてダメなのか?



理不尽である。まったくもって理不尽である。




─END─
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