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【理不尽】
 




「まあ、友達や仲間と言っても、世の中には俗にセックスフレンドって名前のセックス込みのお友達っていう便利でお得な存在もいるけどさ〜」
「そういうのも、あまり一般的ではないんじゃないかと思います…」
「ですよねー。だったらレアケースなんか持ち出さないで最初から一般的なケースにだけ絞って話をしようよ。で、実際その子はその好きな男とやらを見ているだけで満足なの?それとも本音はその男に押し倒されたい、突っ込まれて犯されたいって願望があるの?」
「………。」

人形のように整った美貌を持つ珠稀だが、どれほど性別を超越した美神の如き存在だとしても、彼は間違いなくXYの染色体を持つヒト科の男性。


この美しい男性の口から、どうしてこんな言葉が出るんだろう。


珠稀と出会ってから数年経った今でも、名無しは未だに理解に苦しむ。

せめてもう少し言葉を選ぶとか、そういう発想は彼の中にはないのだろうか……。

「ハァ……、しょうがないなあ。もういいよ、君の言いたい事は大体把握した。今の話を言い換えれば、身近な男にメスとして見られたいって事だよね」
「…メ、メス…」

そんな名無しの気持ちを知ってか知らずか、微妙な訂正を加える珠稀。

しかし、それでもまだ露骨な表現方法である事には変わりなく感じ、困惑気味の声を漏らす名無しに珠稀はやれやれといった顔をする。

「はいはい、分かりました、分かりました。ではわたくしなりに最大限柔らかい言葉を選ぶ努力をしてみようと思います。つまり、お嬢様のお話は大好きな殿方に異性として意識して貰うにはどうしたらいいのでしょうか=Aという主旨でのご質問ですね?」

ゆったりとソファーに腰掛け、長い足を組み替える仕草は、あくまで優雅。

普段のチャラチャラした口調からは一変、わざとらしく慇懃無礼な程に感じられる口調で語る珠稀の演技は、一種別人のような雰囲気を醸し出す。

(女性に人気の美形執事って、もしかしてこんな感じなのかな)

以前尚香に聞いた『執事喫茶』なるものの存在を思い出した名無しは、脳内で執事服をパリッと着こなすエレガントな珠稀のイメージを膨らませる。

いつもの乱暴な口調の珠稀も男らしくてカッコイイが、物言いだけは丁寧になったドSで俺様な執事珠稀さんもそれはそれで素敵……、などど想像する自分はもはや末期だと名無しは思った。

「はい。仰る通りです」

その執事モード珠稀の真面目な顔とそれでいてちょっと意地悪そうな眼差しが堪らなくて、名無しはポッと顔を赤らめてしまう。

しかし残念ながら、珠稀自身は仕事でどうしても必要という訳でもないのに、慣れない口調をいつまでも続ける気はないようだ。

「そんなの簡単じゃん〜。要するに、『女である事』をアピールすればいいんだよ」
「女で…ある事…?」
「そ。色んな方法がある中で、俺がその子にアドバイスするとしたら一番手っ取り早いのは露出度が高い服を着る≠セと思うんだけど」
「えっ。そんな単純な事でいいんですか?」

すっかりいつも通りのノリに戻った珠稀の言葉に、名無しが驚き混じりの声で返す。

「あったりまえだよ〜、名無しちゃん。俺達男の子っていうのは実に単純で可愛い生き物なのです。別にそれほど好きでもない相手でも、ちょっと女の子のおっぱいや太股やパンツが見えただけでドキドキしちゃう。一気にテンションがダダ上がり、嬉しくなっちゃう、ときめいちゃう。いや〜、可愛いねっ。何なの?この可愛い生き物。俺達って超可愛いっ!!」
「…あの…」

返答に困る名無しをよそに、珠稀はハハハッと笑いながらあっけらかんと言い放つ。

「髪を長くする、美人に見える化粧を研究する、胸がでかくなるように毎晩豊胸マッサージに励む、ウエストを細くする、足を細くする、ヒールの高い靴を履く、マニキュアをする、胸元が大きく開いた服を着る、ミニスカートを履く、香水を付ける、セクシーな下着を着ける、色っぽい仕草を身に付ける、男に媚びるような表情や声、動作を意識する。まあ髪の長さとか胸の大きさとかは男によって好みが分かれる所だから一概には言えないけど、ザッとこんな所かな〜?」

指折り数えながら、珠稀が思いつく限りの項目を挙げていく。

普段一つ縛りの髪にすっぴんで身の回りに全く気を遣わなかったような女性が、ある日急に綺麗に髪を巻いて化粧をして出てくるとドキッとする。

いつ見てもダボダボの服で体のラインを全く出していなかった女性が、ある日急にミニスカートを履いてくる。

胸元の大きく開いた服を着てきて、しかも巨乳だったりするとつい男はそんな彼女の胸元に目が釘付けになってしまう。

あの子があんなに綺麗な足だったなんて
細身だと思ってたけど、あいつあんなお宝オッパイ持ってたのか!

今まで全然女性として意識していなかった相手に女≠感じる瞬間なんて、ありがちだがそんなものだ。

勿論見た目だけの話ではなく、普段男勝りで強気な女性がポツリと漏らした弱音、ふとした瞬間に見せた涙といった内面的な要素にギャップを感じてドキッとする事もあるが、それも見た目か中身かという違いだけで

『○○な部分に女らしさを感じる』

と男性の目に映った、意識させたという点では同じ事だ。

よって、その男の前で見た目からでも仕草からでも分かりやすく女アピールをする事。

定番中の定番とも言える意見だが、何だかんだ言いつつそれが最も手っ取り早くて効果的だと珠稀は言った。

「まあ、これはあくまでも自分がメスとして意識して貰う為には何が一番手っ取り早いかっていう効率性だけを重視した意見なんだけどね〜。こう言っちゃなんだけど、俺達男からすればメスとして見るっていうのと本命にしたいと思う女はまた別って所もあるから」

その女性をメスとして見る=性欲を感じるというのと、一人の女性として大切にするというのはまた別の話。

性欲と愛情は必ずしもイコールではない。

と言うか、むしろその二つは別である事の方が男は多いって考えておけば間違いないからね。一般論として!

……と、いうのが珠稀の弁である。

「だから今俺が言ったのは、最短距離で女として見られる為の方法であって『こうすれば正式な彼女になれる』って意味じゃないからね。くれぐれもそこんところを勘違いしないように」

そう言って、ニッコリと男は微笑んだ。

目を弓形に形取り、口角を僅かに上げる珠稀の笑みは一見爽やかで愛想が良さそうに感じるが、闇に生きる者としての計算高さと狡猾さを秘めている。

「そうなんですか…。では、そういう風にしてみれば、とりあえず好きな男性から女性として見て貰える可能性が高まるんですねっ?」

名無しは、息を弾ませながら男の顔を見上げた。

これで少しは彼女の悩みを和らげる事が出来るかもしれない。

珠稀に貰ったアドバイスを件の女官に伝えれば、自分一人で考えているよりもずっと有用な答えになるかもしれない。

そんな喜びの色を浮かべる名無しの顔を見て、珠稀はフフッと笑う。

「とりあえずは、ね。男にも好みがあるから断定は出来ないけど、可能性は高い方じゃないの。俺も一人の男としてお答えします。多分!」
「可能性…ですか…。なるほど…!」

珠稀の主張に納得したのか、名無しは深く頷く。


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