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【理不尽】
 




「何それ?めんどくさ〜っ。そんなの俺なんかに聞かなくても適当なお友達とやらに聞いたり、『これであなたも彼氏が出来る!』みたいな恋愛マニュアル本買って読めば済む話なんじゃないの」
「それは…、私もそうだと思いますが…」
「だってその女官とやらの悩みってさー、早い話が自分が男にマンコとして見られる為にはどうしたらいいのかって話だよね?」
「たーまーきーさーんっ!!!!」

珠稀の発言を咎めるようにして、名無しが彼の名前を叫ぶ。


大好きな方に、異性として意識して貰うには一体どうしたらいいのでしょうか


数日前、一人の女官からこのような相談を受けた名無しは悩んでいた。

男女問わず、このような悩みを抱いている人は結構いるのではないだろうか。

異性に全くモテないと嘆く人もいれば、異性にはそこそこモテる、むしろモテまくって困るという人であっても、肝心の大本命には何故か相手にして貰えなくて…と嘆く人もいる。

多分、こうしたらいいんじゃないだろうか。ああしたらどうだろう。もしくは、こんな方法とか?

どうしたらいいですか?と他人に聞かれたら名無しとてパッと二、三個思いつく事はあるのだが、それが果たして最も効果がある方法かと問われればそこまでは自信がない。

普段自分によく尽くしてくれている女官の為だ。

こんな自分を頼ってくれているというのなら、彼女の身になって、自分も精一杯色々な方法を考えてみたい。

そのように思った名無しは私もじっくり考えてみるね≠ニ女官に告げて時間を貰い、ここ数日間ずっと考えていた。

そして今日、珠稀の元を訪れた名無しはふとその出来事を思い出し、彼にも同じ質問をぶつけてみる事にした。

『あの…、珠稀さん。少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?』
『ん?なあに?名無しちゃん。俺と君の仲で、そんなにかしこまっちゃって〜』
『実は昨日女官に相談されてから私なりに色々と考えてみた事があるのですが、これといって上手い方法が思いつかなくて…』
『ふーん。相談ねえ。それって堅気の世界の話?せっかくのお申し出だけど、だとしたら俺でお役に立てるかどうかは分かんないよ』
『いえ…、むしろ私より珠稀さんの方がずっと的確な答えを下さるのではないかと思うんです。私の場合はどこまでいっても同性ですから、こういった事はやっぱり男性の方に直接お伺いする方がいいんじゃないかと思いまして』

そうして一連の流れを名無しが珠稀に伝え、彼の答えを求めた結果がこれである。

なんといってもあの五代目≠フ事だ。

普通の男性よりは大分ひねくれてエッジの効いた回答が得られるのではないかと思ったが、ここまではっきり言われるとは思わなかった。

いや、ひねくれたというよりは、むしろ逆にストレート過ぎる回答と言うべきか。

「何で?ぶっちゃけそういう話じゃん」

名無しに止められた珠稀は不満そうな顔で言う。

「その子の置かれている状況がよく分かんないけど、そういう質問が出るって事は、今の段階では女として見て貰えてないって意味だと思って俺は話を聞いてた訳で」
「はい。私もそんな感じだと思います」
「で、その子は今の状態がご不満なんでしょ。ついでにその子の言う『私を女として見て!』って主張は、男女間における友情や仲間意識じゃなくて性的な意味で見て貰いたいって主張になるんじゃないの?ごく一般的に考えて」
「…はい。多分…」
「でしょ?なら一体何がダメなのさ。俺の答え、何か間違ってる?」
「ま、間違っていると言いますか…、その……」

名無しに問う男の声音はどこまでもクールで涼やか。

形の良いアーモンド型の瞳には物憂げな光が宿り、一目で女性を虜にするような魔力を秘めている。

「あっ…!で、でも!『異性として見られたい』という気持ちはあるけれど、性的な意味までは求めていないとか、大好きな人に愛されたいけどプラトニックなままでいい、ただ一緒にいられるだけで嬉しい、見ているだけで満足!……って考えの男性や女性もいらっしゃるかもしれませんよ」

と、名無しが一生懸命そうじゃない人もいるかも≠ニ語り始めると、珠稀はそれを遮るように大きく何度も首を振る。

「うーん。確かに絶対いない!とは言わないけど、そういうのってかなりレアケースだよね。つーか、プラトニックなままでいいなら別に友情や仲間意識でもいいような気もするけど」
「ううっ…。それは…」
「プラトニックっていうのは、言うなれば性的な要素を求めない究極の精神愛だろ。って事は、突き詰めればそれは最終的に異性として見られなくてもいい≠チて事じゃないの?」

別段責めるようなきつい口調でもなく、単に事実を確認しているだけに聞こえる珠稀の冷静な反論に名無しは少し焦った。

呉国の裏社会を牛耳っている最大規模のマフィアグループ・黒蜥蜴の五代目である珠稀という男と名無しが知り合って早数年になるが、名無しはつくづく彼のアンバランスさに驚かされる。

普段ギャル男のような軽薄でチャラい雰囲気を漂わせているくせに、本来の彼は荒くれ者揃いの水賊上がりで男気に溢れたオラオラで俺様な男。

他人を痛めつけたり血を見るのが大好きだという真性のS男のくせに女子顔負けの大の甘党で、その大好き具合はあんみつやパフェなどのスイーツ系を見ると即座に目がハート型になるほど。

普段クールで洗練された大人の男性のオーラを漂わせているかと思えば、たまに女性をドキッとさせるような子供っぽい我が儘な言動を見せたりもする。

『どうでもいい』
『かったるい』
『面倒臭い』
『ほっといて』

が口癖の面倒臭がり屋かと思えば、彼の部屋はいつ訪れてもその辺の女性より整然と片付けられており綺麗。

『あー、一年くらい仕事サボってダラダラ遊びてーなー』
『ねぇ〜、名無しちゃんもお仕事休もう!俺と一緒に南の島で2,3週間くらいラブラブでイチャイチャストロベリーな日々を過ごそうよぉ〜』

なんてしょっちゅう名無しの前で言いながら、それでいて実際は彼女とデート中であっても

『あ。俺そろそろ出掛けなきゃ!今から仕事関係で約束事があるからさー。下見もしておきたいし、少なくとも一時間前には相手より先に現場に着いておかないと』
『悪いけど俺が帰るまで部屋でいい子にして待っててくれる?それとも名無しちゃん、もし用事があるなら俺の部下に命じて送らせようか?』

と言って手早く支度を済ませ、己に課せられた職務を次々と着実にこなす仕事第一のめちゃくちゃ働き者。

一見馬鹿っぽいユルユルな若者に見せかけて、非常に頭の回転が速い切れ者。

愛なんて信じない、無意味、無価値と常日頃から言う超現実主義者な男性でありながら、名無しの問いに対して

プラトニックっていうのは性的な要素を求めない究極の精神愛

などと、見方によってはとてもロマンチストでないと言えないような発言もさらりと口にする。

珠稀の事を知れば知るほど、名無しは驚かされる事ばかりである。

もう訳が分からない。

彼のこういう掴み所のない性格も、一種のギャップ萌えやミステリアスな魅力となって女心を掴むのに一役買っているのだろうか?


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