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【SとM】
 




その原因が単なる鈍さ・奥ゆかしさ・謙虚さ・人の良さ・ただの天然っぷりによるものだとしても、男の恋心をこれでもかというくらいにことごとく打ち破っているという事実には変わりはない。

その冷たさ・つれなさ・素っ気なさ・思わせぶりな対応は、表向きの態度はどうあれまさに女王様タイプの女性と同じレベルに匹敵する。


つまり────やっている事は結果的に曹丕や司馬懿と同類であるという事だ。


しかも、それが自分で分かっていてわざとやっているというだけでもあれなのに。

むしろそれがわざとやっている訳でも何でもなく、無自覚でこんな事をナチュラルにやっているのだとしたら、その天然っぷりの方がよっぽどタチが悪いと言えるのではなかろうか?

名無し本人に全くその気はないのだとしても、結果的につれない態度を取り、男の好意を軽く受け流す。

脈無しかと思えばまたニッコリと優しそうな笑みを浮かべて男の元にふらりと戻り、思わせぶりな台詞を口にして男心を惑わしては、調子に乗って再度近付いてきた男を『ごめんなさい…』と突き放す。

良くも悪くも男を散々に振り回す魔性の女。これがSと言わずして何と言おう。

天使の顔をした小悪魔。ふんわりした9割の天使の中に、1割の強烈な小悪魔要素を隠し持っている。

この無自覚女王様体質こそが、名無しの内にある素質である。それこそが彼女がM女体質の裏側に隠していた秘めたS要素であると曹丕は言った。


「そ、そんな…」


全く予想もしていなかった曹丕の話の内容に、名無しの声が震える。

「ほら出た。またお得意のおとぼけが」

しかし曹丕はそんな彼女の反応を見てますます自分の推理に確信を持ったとでもいうように、悪童のような顔付きでニヤリと口端を吊り上げた。

「普通の男共なら、お前相手ではその気にさせられるだけさせられて終わりだろうな。話にならん」
「曹丕、わ、私……っ」
「そうだな…、師と昭と言ったか、仲達の血を引くあの息子二人なら多少はなんとかなるかもしれんが、それでもお前の焦れったさには相当手を焼く事になるだろう」
「え……」
「特に真面目な男や独占欲の強い男、プライドの高い男、女にモテる男にとってお前のような女は大敵だ。お前が自分をするりと無視して他の男と仲良くし、多くの男から口説かれている様子を見せつけられる度に嫉妬で狂いそうになるかもしれん。その手の男はこの城の中にも大勢いるが、一番まずそうな武将で言うなら鍾会辺りか」
「……。」
「パッと見た感じお前は鍾会の好みのタイプに思えんので大丈夫だとは思うが、あいつは万が一お前に惚れたら十中八九精神が病むぞ。俗に言うヤンデレとかいうやつに進化するかもしれん。元来生真面目な性格で独占欲が強そうで、おまけにプライドも高い。そういう意味では、お前の網にかかりやすいタイプに該当する」

ショックで呆然と男を見る名無しをよそに、曹丕は報告書を読み上げるようにして淡々と言葉を綴る。


「つまり、お前のような女は私や仲達のような男にしか扱えぬ。────言い換えれば、私や仲達の手元に置いておいた方が世の中も平和だということだ」


以上で結論が出たとばかりに、曹丕が豪華な椅子の背もたれに深々ともたれかかる。

曹丕の言う通り全く自覚がなかったのか、あまりの衝撃の大きさに黙ったまま立ちすくむ名無しに、曹丕が思い出したように問う。

「……名無し」
「えっ?は、はい!」
「そう言えば先程お前が言った曹丕はドSだの難しい人だの発言だが。何故急にあんな事を言い出した。どうせお前の事だから、また無駄な考え事でもしていたのか?」

揶揄する声と共に冴えた眼差しで見つめられ、名無しはビクンと体を跳ねさせた。

「それは……。私、曹丕にもっと興味を持って貰えるようになれたらいいなと思って……」

今更曹丕に対して隠し事をしても仕方ない。

そう思い、身を硬くしながらおずおずと告げる名無しを見て、曹丕がゆっくりと口を開く。


「────これ以上興味を持たせてどうするつもりだ?」
「……えっ?」


唐突に降らされた男の返事に、名無しの動きが止まる。

放たれた言葉の意味が咄嗟に理解出来ず、呆気に取られた表情を浮かべる名無しを見る曹丕の神々しいほどに凛々しい顔は、うっすらと微笑んでいるようにも見えた。

そう告げた時の曹丕の声と眼差しが普段の彼以上に妖艶で、色っぽくて、男らしい魅力に満ち溢れていたものだから、名無しの全身にビリビリッという電流のような甘い痺れが一気に駆け抜ける。

「別に…。分からないと言うのならいい」

曹丕は名無しの返答を待つ事もなく、あっさりと彼女から視線を外す。

何事もなかったかのように横に置かれていた新しい書類を手にして読み始める曹丕だが、その口元はやはりどこか楽しげに笑んでいる。

「そ、曹丕…?それって…どういう…」
「三度目のおとぼけだな。分からないなら別にいいと言っただろう。お前のそのニブ子具合にもいい加減もう慣れた」

それに、と意味深に言葉を続け、曹丕の双眼が名無しの顔をチロリと舐める。

「お前の事だから、どうせ私だけでなく仲達の愛情表現も毎回見事にスルーしているんだろう。……仲達に同情する」

笑いを溜めた男の声の響きに、名無しはますます混乱した。


私だけでなく仲達の?二人分の愛情表現?えっ?何?どういう事?


その愛情表現≠ニやらがよく分からない。曹丕と司馬懿のような男達の言う愛情表現というのは一体どのような事を指すのだろう。

今までそんな事をされた事があったっけ?いつ?どこで?

嫌味ではなく、本気で『これだ!』と思い当たる節がすぐに出てこなくて名無しはキュッと眉根を寄せる。

そもそも、彼らのような生粋のS男の愛というのは大体にして歪んだ愛であり、普通の男性に比べて分かりにくい表現の仕方である事が多いと思うのだ。

同じ立場に置かれたら、自分でなくても彼らの屈折したアプローチの意図をつかみきれず、余計に混乱する女性も多いのではないだろうか?

「そ…曹丕、お願いします…。さっきの言葉の意味…教えて下さい」
「教えない」
「そっ…そんなあ〜。ねえ…曹丕、そこをなんとかお願いしますっ。お願いですから、ちゃんと言って!」

あっさりと断じる曹丕に、名無しはそれでも諦めきれないとばかりに食い下がる。

……が、可愛いペットである名無しがどれだけ瞳を潤ませながら訴えても、クールなご主人様は彼女の願いを聞き入れてくれるつもりはないようだ。

「無理だな」
「そんな…、曹丕…っ」
「それに一度言ったら半年か一年くらいは言わん。お前も知っているとは思うが私はそういう男だ。何せドSで意地悪な男なのでな」
「ううう…、ひどい!曹丕ったらずるい。ずるいよ…!」
「では、それをヤンバルクイナ語で言え」
「なにそれ!もう!!全然分からないよー!!」




─END─
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