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【凌統クンの憂鬱α】
 




場所は呉城。季節は8月下旬。

うだるような暑い真夏の気候にジリジリと体力を奪われながら、陸遜はそれでも負けずに仕事に励んでいた。

……が、そんな彼の頑張りを邪魔するかの如く、彼の部屋に続く扉が突然バァンと開けられる。

「やばいよ陸遜!大変だっての!!」

台詞を発するのとほぼ同時に、半ば扉を蹴り開けるような勢いで室内に飛び込んで来たのは凌統だった。

ハァハァと息を切らせ、見た目にも急いでこの場所に駆けつけたように見える彼の右手には、一枚の用紙が固く握り締められている。

「どうかしましたか、エロリントン」

陸遜はご覧の通り私は今仕事中です。分かったらさっさとお引き取り下さい≠ニ言わんばかりの冷たい口調で答えた。

だが、凌統は陸遜のそんな態度など慣れっことばかりにめげる様子もなく言葉を続ける。

「どうしたもこうしたもないよ。ほら、覚えてない?2週間前に俺達男だけの間で秘密裏に回ったアンケート。呉城の女子の中から選ぶ『俺の○○』シリーズ!!」
「『俺の○○』シリーズ…?ああ、確かにそんなものもありましたね。そう言えば、あれっていつ頃結果が出るのでしょうか。人数が多いので、集計するのに時間がかかるとか聞いたような気もしましたが…」

凌統の問いに、陸遜は筆を走らせていた手を止めて端整な顔を上げた。

凌統が言っているアンケートというのは呉城の男性を対象としたもので、同じく呉城の女性の中から各テーマに沿う形で自分の好みの女性、もしくはそのテーマに相応しいと思う女性に投票していくというものであった。

記名式の投票ではないので誰が誰に入れたのかどうかは分からず、匿名性が高いアンケートだが、内容が内容なので投票結果に関しては女連中には秘密にしよう≠ニいう事になっていた。

男性達が自分達だけで勝手に同じ組織内の女性を順位付けしていくと、それに対して腹を立てたり不快感を覚える女性は必ず存在するものである。

でもこの手のアンケートやりたい!だって楽しいじゃん!なんだかんだいって、こういうの好きな奴多いじゃん!!

女子の反応!?知るかよそんな事!!おーし分かった、俺達男の間だけでやって女共には教えなきゃいーんだろ!?やっべー俺らって超頭イイー!!よっしゃ決定!!

という具合に、こういう時だけ妙な団結力と協調性を発揮する呉城の男子達の狡賢い頭脳とその場の勢いとノリによって、城の女達には一切結果に関しては教えない方向で意見がまとまっていた。

アンケートの対象者となる呉城の男性達の人数が多かった事もあり、陸遜の言葉通り集計にかなり時間がかかるのではないかと予想されていた為、陸遜は気長に待とうと思っていたのだが、日々の業務に追われる内にすっかりその存在を忘れていた。

「今日ついに出たんだって、そのアンケート結果。───これがそれ」

凌統はそう言うと、手に握ってる物を陸遜の前で軽く振る。

「えっ…!それは知りませんでした。というか、何でそんなに早くアンケート結果を入手しているんですか。回覧物を回す順序って、凌統殿の所よりも私の部署の方が先のはずですよね?」
「集計チームに俺の連れがいたから、完成したやつを無理言って俺だけ先に一部譲って貰ったんだよ」
「相変わらず謎の情報網を構築している男性ですね…。その情報スキルの高さを活かして、『埋伏の毒』にでもなってきたらどうですか?」
「ああもうっ。いつもの俺なら反論の一つや二つはしていただろうけど、そんな場合じゃないんだよ。これを見なよ、陸遜!」

呆れ半分の顔付きで告げる陸遜を完全に無視すると、凌統は彼の机の上にアンケート結果の用紙をバンッと叩き付けた。


「呉城の男達に聞きました。俺の嫁<宴塔Lング第一位……名無しだっつーの!!」
「ええっ!?本当ですか!?」


凌統の言葉に、陸遜は驚いた様子で紙面に視線を走らせた。

見ると、その結果報告書には各テーマ毎に上位10人までの名前が並んでいたが、凌統の言う通り俺の嫁&薄蛯ノは名無しの名前が堂々の一位として掲載されている。

「うわ…、事実ですね。これはすごい……」

知り合いの名前が掲載されている事実を認め、思わず感嘆の声を漏らす陸遜とは対照的に、凌統は酷く不満そうな顔をする。

「はぁー!?冗談じゃないっての。こんな風に載っちまったら、今まで名無しの事全然知らなかったり興味がなかった野郎共まで名無しに興味を示し始めるかもしれないじゃん。勘弁してくれよ!」

美貌が売りのモデルのように端整な顔を曇らせ、凌統が言い放つ。

(ああ、そういう事ですか)

そんな凌統の反応を間近で目にした陸遜は、同じ男として彼の言わんとする事を理解した。

今回のアンケート結果を見た事で城の男性達から名無しに注目が集まり、余計なライバルが増える可能性を凌統は危惧しているのだろう。

その甘いマスクと同じくらいに甘ったるい声と眼差し、女心を知り尽くした口説き文句で希代のモテ男として女性関係については悩み事など全くなさそうな凌統だが、自分と同じ女性を狙う他の男達にはそれなりに警戒心を抱くらしい。

「で、そういう凌統殿は俺の嫁<宴塔Lングで誰に投票したのですか?」
「……。」
「誰ですか」
「……名無し」

聞かれたくない所をあえてピンポイントで突きまくってくる陸遜の意地悪な質問を受けた凌統はほんのりと頬を上気させ、渋々といった様子でボソッと呟く。


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