SS 【二人の秘め事】 この私が予算案の会議に参加するからには完璧な議案を提出しなくては。 重役達に突っ込まれても怯むことなく反論しなければ、私は選ばれし人間だ、ボンクラ共に負けてたまるか!という思いが彼にとってのストレス負荷となって、知らず知らずのうちに苛立ちの原因になっているのではないかと名無しは考えた。 「別に……。わ、私は……違うっ」 鍾会は途切れ途切れの声を出しながら、切れ長の瞳でキッと名無しを睨み付ける。 「幼い頃より英才教育を受け続けてきた私のように特別な人間が、世間一般の凡人達と同じようなストレスなど感じるはずがないだろう。ボンクラ共と一緒にするな!」 鋭い声を飛ばし、名無しに怒鳴りつける鍾会は相変わらずキリッとした顔立ちのすこぶるつきの美青年だ。 ムッとした様子でそう反論する鍾会に、名無しは申し訳なさそうな顔で謝罪の言葉を告げた。 「うん……。そうだよね。鍾会は私なんかよりもずっとずっと頭も良くて仕事が出来て素敵な人なのに。勝手に一緒にしてごめんなさい」 「……っ」 正面切ってのバトルであれば相手が『降参だ』と言うまで徹底的に口喧嘩する事も辞さない鍾会であるが、こんな風にしてあっさり勝ちを譲られてしまうと拍子抜けしてしまうのだろう。 出鼻をくじかれてしまった形になり、驚いて二の句が告げずにいる鍾会を、心底申し訳なさそうな顔で名無しが仰ぐ。 「ごめんなさい、鍾会。私では何の役にも立てないかもしれないけど、鍾会のやる気が出るようにせめておまじないしてあげる」 「……おまじない?」 「うん。とってもよく効くんだよ。人から聞いたの」 名無しはそう言ってにこやかに微笑むと、男に向かってスッと両手を差し出す。 一体、何をしようとしているのだろう。 「鍾会」 「な…、なんだ?」 何事が起こるのか分からず、好奇心に突き動かされてつい反応が遅れた鍾会の両手を掴んで自分の方へ引き寄せると、名無しは男の手の上に自分の手を重ねるようにして両手でギュッと握り込んだ。 そしてちょっとだけ上目遣いで男を見上げ、僅かに首を傾けると、満面の笑顔で鍾会に告げる。 「鍾会なら絶対に大丈夫。私、応援してるから頑張って。……ねっ?」 「!!」 〜名無しの攻撃!!〜 必殺・子猫ちゃん式スマイル&ハートマーク10連発萌えっ子ストロベリー爆弾!! おおっと効果は抜群だー!! ツンデレ属性にクリティカルヒット!!鍾会に6583のダメージ!!!! 鍾会の残り萌え耐性:1(キュン死直前) 「なっ…、ななななんだ今のは!!なんだ今のは────ッ!?」 たっぷり10秒くらいはフリーズした後、ようやく我に返った鍾会が慌てたようにして必死で名無しの手を振り解く。 すっかり気が動転してしまっているのか、混乱のあまり同じ言葉を二度繰り返す鍾会を、名無しは『あれ?』と言いたげな顔でまじまじと見つめていた。 「えっ?その…、やる気の出るおまじないだよ。効果がなかった?」 「はぁぁ…!?ふ、ふざけたことを!こっ…これのどこがおまじないなんだっ。と言うか、出所はどこだ!どこ情報だ!!こんな事をされて誰が喜ぶと言うんだ!!」 普段の冷静な彼には似合わずしどろもどろな口調で名無しを追及する鍾会は、目に見えて分かるほどに大慌てな上に赤面している。 普通の女性であれば一目見ただけで胸がキュンッとときめいてしまいそうな、超貴重なツンデレ鍾会のあわあわ動揺姿に照れた顔。 しかし、そんな彼の前にいる名無しと言えば、鍾会のレアショットを何ら気にも留める様子もなく一人で考え込む。 「おかしいな。子上には効き目があったような気がするのに…」 「子上って…、司馬昭殿のことか?」 「うん」 名無しが素直に答えると、さらに大きく目を見開き、半ば呆れた顔で鍾会は返してきた。 「……人から聞いたとか言っていたが、まさか司馬昭殿にこれ≠教えられたのか?」 「うん。そうだよ」 「それで、実際にあなたは彼にこれ≠やったのか?」 鍾会の問いに、名無しがコクリと頷く。 すると鍾会は端整な顔を曇らせ、しばらく何か考えるようにして黙り込むと、おもむろに口を開いた。 「……なあ、名無し」 「え?」 「その時、司馬昭殿に同じ事を他の男にやるな≠チて言われなかったか?」 何かとても大切な事を確認するような、念押しするかのような鍾会の口調。 真剣な顔で尋ねてくる鍾会に促されるようにして、名無しもまた真面目な顔で返事をする。 「えっと…確かこういう事、兄上とかにも言ったりするのか?≠チて聞かれたからこんな事お願いしたの子上が初めてだよ≠チて答えただけで終わったと思うよ」 「それで?」 「それだけ……だと思う……。他の男に絶対やるな、とまではその時言及されていなかったように思うんだけど。……あれっ?」 この女、絶対何か取り違えている気がする……!! 同じ男同士、名無しに尋ねた司馬昭の質問の意図を理解出来る鍾会は、名無しが司馬昭の気持ちを全然分かっていない事に全力で突っ込んでやりたい衝動に駆られた。 ……が、目の前に司馬昭がいるという訳でもないのに、自分から余計なトラブルに首を突っ込むのは得策ではないと判断した鍾会は、『それは違うぞ!』と言いたくなる気持ちをグッと飲み込む。 「……どうしたの?鍾会。私、何か変な事を言った?」 「いいや別に」 「?でも…、なんだかさっきから鍾会の口がモゴモゴしているよ」 「いいや。別に!!」 君子危うきに近寄らずだ。 私は君子。自ら虎の巣に入り、怒れる司馬昭殿と戦うつもりはない!! そう結論付け、思考を切り替えようとする鍾会の考えなど知りもしない様子で、名無しはさらなる爆弾発言を投下する。 「そっか、良かった。じゃあ、鍾会も同じこと私にやってくれる?」 「はあ────っ!?なんでいきなりそうなるんだ!!」 さすがの鍾会も、この時の彼女の言葉には驚きを隠せなかったようだ。 予想もしなかった展開に面食らい、つい素っ頓狂な声を上げてしまった鍾会を、いつも通り穏やかな名無しの瞳が見る。 [TOP] ×
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