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【Hunter】
 




アンタが俺から目を反らす瞬間がたまらなく好きだ。

アンタの執務室で。俺の部屋で。廊下で。階段で。中庭で。食堂で。会議室を出た後で。

周りに他の奴がいる時は場の空気に合わせて適当な会話をしているけど、アンタと二人きりになった途端に俺は豹変する。

普段のどうでも良さげな態度からはまるで想像が出来ないくらい、情熱的な態度で迫る。

これでもかと、口説く。全身全霊を傾けて。



Hunter【狩人】




「お疲れ、名無し。前髪少し切った?可愛いね」
「えっ…。分かる?昨日ちょっと切ったばかりなの。凄いね、凌統。誰にもそんな事言われてないのに!」

俺の言葉に、アンタは目をぱちくりさせながら答えた。

嬉しそうに目を輝かせ、声を弾ませながら上目遣いに俺を見上げてくる名無し。

その反則レベルの可愛さに思わず自分の頬が緩むのを感じながら、俺はじっとアンタの顔を見る。

「まあね、子猫ちゃん。アンタのことなら何でも分かるよ」
「どうして?」
「いつもアンタのことを見て、アンタのことを考えて、アンタの目も髪も声も肌も唇も、その全てに釘付けの俺だから。気が付いたら毎日アンタのことばかり考えてる。アンタから目を離せなくて本気で困る」
「……!」

アンタの目を射抜いたまま、出来るだけ甘い声と口調を作って俺は答える。

アンタが驚いていようが、困っていようが、照れていようが、口説いている時は絶対にアンタから視線を外さない。

本気だよ、とアンタの心に揺さぶりをかけるために。

アンタの反応を見るために。

「凌統ったら、いつもそんな事ばっかり」

困ったように瞳を伏せて、アンタが小さな溜息を漏らす。

困惑気味に彷徨う視線とほんのりと頬を染めた恥じらいの表情が、何とも言えず色っぽい。

「私だけじゃなく、色んな女の人に同じことを言っているんでしょう?」

不安げに揺れる瞳が、俺を見る。

本当に男殺しの存在だよね。アンタって。

ひょっとしてこの女は俺に気があるんじゃないかと思わせるような、思わせぶりなアンタの態度。

キスしてくれと言わんばかりの、柔らかくて旨そうなアンタの唇。男を錯覚させる、照れたような頬染め顔。緊張と動揺で僅かに上擦った声。

何もかもが可愛すぎる。その表情、本当に反則だっての。

「酷いなあ。俺はいつでもアンタだけだよ」
「……嘘。凌統はいつもそう。他の人にもそう言ってる。知ってるもの」

極めつけはその瞳だ。

元々の体質なのか、常に潤んでいるように見えるアンタの瞳。

物憂げで、意味深で、ほのかに甘くて、色っぽくて、男を誘うようなアンタの濡れた瞳はいつ見ても俺の欲望をダイレクトに直撃する。


だが、悪いけど俺は屈しない。


────俺は見る。


アンタの魔性の眼差しを全身で受け止めながら、それに正面から戦いを挑むような形で俺はアンタの瞳を覗き込む。


「アンタが俺のことを信じてくれるまで、何度でも言う。名無しだけだよ」


俺は見る。


男タラシのアンタの眼差しに、女タラシと評判の俺の眼差しをさらに上から被せるようにしてアンタにぶつけていく。

アンタのその目も相当だけど、目力とやらならこの俺だって負けはしないっつうの。


目に見えない火花がバチバチと二人の間に散っているような、何とも言えないこのゾクゾク感がたまらない。


獲物をギリギリまで追い詰めている時のような、狩りの興奮にも似た高揚感と緊張感がたまらない。


「……だめ」


アンタは可愛い声でそう言うと、不意に俺の顔に手を伸ばし、『しっ』とでも言うように俺の唇に自分の人差し指をそっと押し当てた。

アンタの指の腹が唇に触れた感覚に、俺の心臓がドキンと跳ねる。


「そういうのは、本気の相手に言ってちょうだい。私の心を弄ばないで」


どこか息苦しそうに声を震わせながら、それでもきっぱりとアンタが告げる。

困ったように睫毛を震わせて。戸惑い気味の声と、うるうると濡れた瞳で。

軽く首を傾げ、上目遣いで俺を見つめて『ねっ?』と念押しするアンタの仕草が犯罪級に可愛くて、俺はクラリとするような目眩を感じた。

男にこういう風に口説かれた時、こういう切り返しが出来るなんて、アンタは無邪気な顔して天然の小悪魔だ。


やっぱりこの女を堕としたい。


俺だけのモノにしてやりたい、という欲望が、ムクムクと自分の中で湧き上がっていくのを止められない。


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