SS 【特別】 いつものように司馬懿が名無しと向かい合う形で仕事をしていた、ある日の午後。 「……私って、やっぱり魅力がないのかな」 ポツリ。 まるで独り言のようにして、溜息混じりに零れる名無しの声。 「今頃気付いたのか。遅すぎだ」 「う…、そ、そっか……」 あっさりと言い切られ、名無しが『うっ』、と言葉に詰まる。 男の返答を受け、目に見える程に落ち込んでいる名無しに対し、司馬懿が書類に視線を落としたままで唇を開く。 「何か言われたのか」 意外な言葉に、名無しの両目が驚きと共にゆっくりと見開かれる。 基本的に自分以外の他者に興味が無く、仕事第一で、無駄口が嫌いな司馬懿の事だ。 てっきり『仕事中に無駄口を叩くな』『お前の話なんてどうでもいい』と冷たく言われて終わりかと思ったが、この日の司馬懿はそうではなかった。 感情の起伏が読み取れない冷たい声と口調はいつものままだが、名無しの話に耳を貸してくれている。 「ううん。そういう訳じゃないんだけど」 「では何故だ」 「最近、ふと思ったの。そう言えば私って、この城の男の人達にあんまり女性扱いして貰えてないなあって。そういう風にして貰った事ないような気がするなあって…」 そう言って嘆息した名無しの声の終わりに、一抹の切なさと哀しみが宿る。 運良く採用試験を突破して、名無しが魏の武将達の仲間入りを果たしてから早数年。 最初の頃に比べてみれば大分周囲の環境にも慣れ、他の武将達とも仲良くなれたような気もするが、それはあくまでも同じ魏城で働く仲間としての事。 夏侯惇には『相変わらずトロいな』と言われて未だに頭をグリグリ押さえ付けられるし、許チョには『名無し!明日の昼休みはおいらと一緒に城下町に行くだぁ。新しく出来た肉まん屋で腹一杯昼飯を食うだよぉ!』と飯仲間として見られているような気がする。 張コウには『名無し殿!夏到来に向けて、常夏ver.の新作ネイルのデザインを共に考案致しましょう!!』と、確かに女性としては見て貰えているような気がするが、彼の場合は異性というよりも女性同士(?)のようなノリで接しているような気もしないではない。 別に職場に男女関係を持ち込みたいという訳ではないが、あまりにも異性扱いされている感≠ェ薄く感じると、名無しは女としてやっぱり少し切なくなる。 「自分でそう思うなら、そうなんだろうな。お前、頭悪いし。トロいし。鈍臭いし。要領悪いし。可愛くないし。スタイルも良くないし。顔も悪いし。足も遅い。ついでに手足が短い。全体的なバランスが悪い」 「……。」 「同僚の私ですら、どう贔屓目に見てもお前の長所を説明する方が難しい。人としてもそうなのに、女としての魅力を挙げろと言われたら余計に言葉に詰まる。ないないづくしのオンパレードだ」 「……。」 次から次へと飛んでくるダメ出しの声に、名無しは完全に押し黙る。 司馬懿の口の悪さは昔からよく知っているし、こういう質問をした時に彼が優しい言葉をかけてくれるような男ではない事など重々承知の上なので、ある意味予測可能な反応ではあった。 だが、言い返せない。 頭も良くて、育ちも良くて、仕事も出来て、こうして人を馬鹿にしている時ですら凄まじくいい男だなと認めざるを得ない司馬懿のようなハイパーイケメンに言われてしまうと、名無しに限らず『あなたと比べたらそりゃ私はそうです』と反論する気力を失う女性も多いのではないだろうか。 「そうやって考えると全然魅力がないんだね、私。ふふっ…」 ここまでコテンパンにされてしまうと、いっそ清々しい。 いつもと変わらぬ司馬懿節の切れ味の鋭さに圧倒される形で力なく笑う名無しに、司馬懿が怜悧な視線を向ける。 「……と言いたい所だが、どんな奴にも探そうと思えば長所がある。ミジンコですら他の生き物の餌として役に立っているのだ。お前だって、探せば1ミリくらいは魅力とやらがあるのではないか」 落ち着いた声で言われ、名無しもまた誘われるようにして司馬懿の瞳に視線を合わす。 あまり褒めて貰っているようには感じないが、司馬懿なりにフォローしてくれているつもり……なのだろうか? 「うーん…。でも、1ミリしかなかったらほとんどゼロみたいなものじゃないの?」 「確かにゼロに近い。だが、ゼロではない。この違いは大きい」 「そ、そうかな?」 生真面目に考え込む名無しの様子に、司馬懿が片眉を吊り上げた。 「さっきからごちゃごちゃ言っているが、お前、誰に女として見られたいんだ。世界中の男からそう見られたいのか。世の中全ての人間から等しく愛されたいとでも願うのか?」 唐突な問いに、名無しがはっと息を飲む。 誰に、見られたいのか。 世の中にいる全ての男性なのか。それとも、特定の人にだけそう思って貰えれば満足なのか。 そんな単純な条件すら全く考えていなかった自分に気付き、名無しは左右にブンブンと首を振る。 [TOP] ×
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