「あつい…」
じりじりとうだるような暑さが続く桃山町。
ただじっとしているだけでもじんわりと汗が吹き出してしまうようなこの灼熱地獄の最中、翔の部屋はクーラーをつけていなかった。
否、つけられなかった。
部屋に入って早々翔をがっしり抱き締めて離さない三つ子の悪魔の長男、虎太のせいで。
練習帰り、虎太を部屋に招き入れたが最後。
突如腕を引っ張られ、あれよあれよとベッドに座らされ翔はあっという間に虎太の抱き枕にされてしまった。
虎太の脚の間にちょこんと収まった翔。
しばらくの間虎太の腕のなか、身動きもとれず黙って抱かれていた翔だが、流石の温和な彼でも気が狂いそうなほどの暑さには耐えられなかったようだ。
「虎太くん…ぼくあついんだけど」
「ん、おれも暑い」
「だったら離れようよ…」
痺れを切らして切り出した翔の切実な抗議はものの数秒で失敗に終わった。
暑いといっておきながら翔を離す気はさらさらない虎太の様子に翔はこっそりため息をついた。
虎太の言ってることは天の邪鬼だ。
額に汗を滲ませ、身体だって熱がこもって火照っているくせに、同じく身体中熱がまわって汗だくの翔をずっと抱え込んでいるのだから。
そのお陰で翔はクーラーのリモコンをとりに行くのすらままならない状態だった。
外は炎天下、クーラーのついていない蒸し風呂状態の部屋で双方汗水を垂らしながら身を寄せあってる等どう考えても正気の沙汰ではない。
翔は虎太のほうを振り返り、切羽詰まったような顔で懇願した。
「虎太くん…お願いだから一瞬だけ放して?クーラーつけたいんだけど」
「ヤだ」
翔のお願いはまたも開口一番で却下されてしまった。
離すどころか、今の翔の言葉でより虎太の腕に力がこもった。
意思のこもった腕の締め付けは先よりも窮屈で、翔は虎太の腕を軽く叩いて抵抗の意思を示す。
「…ッ虎太くん…!」
苦しそうな翔をみて虎太は少しだけ腕を緩めた。
それでもなお翔を抱き締めたままの虎太は翔の耳元で口をとがらせて囁いた。
「今日はおまえのこと絶対離したくない」
不貞腐れたように呟く虎太。不機嫌を露にしたような口調で主張してくる彼に翔は頭上に疑問符を浮かべた。
虎太くんは何でこんなに怒っているんだろう…?
「な…なんで?」
その思いが翔の口を自然とついてでていたようだ。
こてんと首を傾げて虎太の顔色をうかがう翔に対し、虎太は彼が出しうる最も低い声で苛立たしげに吐き捨てた。
「……さっき凰壮と抱き合ってたろ」
「えっ!?………あ!あー…」
凰壮と抱き合っていた。
その言葉にすぐにはピンとこなかった翔だが、今日の練習試合を思い出してはっとする。
そういえばプレデターが得点した時、感極まって近くにいた凰壮に飛びついたような気がする。
凰壮もすぐに離せばいいものを、背中に腕を回され抱きすくめられてしまったので端から見れば抱き合ってるように見えたかもしれない。
「あっあれはそんなんじゃ…!」
「すげえムカついた。翔の恋人はおれだろ。」
だから今日は離さねえ。
そう言ってまた拘束を強める虎太に翔は何も言えなかった。
虎太は無口で必用以上に物事を話さない。
むしろ必用なことまできちんと話さない時のほうが多く、誤解を生んでしまうことだってざらにある。
恋人である翔でさえ彼が何を考えてるかわからないときが多いのだ。
自分のことを、本当はどう思ってるの、とか
だからこそ虎太が言葉で嫉妬を露にしたり、はっきりと自分を恋人だと言ってくれるのが翔は擽ったくも嬉しく感じてしまう。
「…そんなにくっついたらベタベタするよ?汗臭いでしょ…ぼく」
気恥ずかしくてつい憎まれ口をたたいてしまう。
顔が耳まで赤いのはきっと暑さのせいだけじゃない。
「そんなことない。翔のにおい、翔のあじ、好きだ」
「ひゃっ…!」
虎太は翔の汗ばんだ首筋に鼻を埋めそのまま舌でなめあげる。
敏感な部分をぺろりと舐めあげられて翔は短い叫び声をあげた。
「んっ…や、はぁ…」
玉のように吹き出した汗の露を拭うようにして舌を這わせる虎太。
虎太の舌が項のラインをなぞるたびに翔はびくびくと戦慄き、唇からか細い喘ぎ声を漏らしていた。
「ん、しょっぱい」
「…もー!!あたりまえでしょ〜!?」
散々翔の汗を舐めとった虎太は満足したように自分の唇をぺろりと舌で拭って飄々と感想をのべた。
頬を赤く染めぷりぷり怒る翔の汗は確かに塩の味がしてしょっぱかったのだが、妙に官能的な甘さを感じてしまい虎太の中心が疼いた。
滲み出る翔の汗…翔のにおい。今の翔はどこもかしこも翔独特の甘さを醸し出してるんじゃないだろうか。
虎太のなかで何かのスイッチが入った。
「翔のあじ…もっと知りたい」
「え?ちょっと…うわあ!?!」
急に虎太にベッドに引き倒されたと思ったらもう遅かった。
目の前には虎太の顔と天井が視界いっぱいに広がっていた。
虎太に覆い被さられ仰向けのまま身動きのとれない翔は直ぐ様目前の犯人に抗議をするべく叫ぼうとした。
「ちょっと虎太くん!どういうつ…」
「もっと汗かけば、暑いとか関係ねえよな」
不敵に口許をつりあげる虎太を見て、翔は背筋に冷たい汗をかいた気がした。
普段滅多に笑わない人間の笑顔ほど恐ろしいものはない。
虎太は十中八九よからぬことを考えていると翔はわかってしまった。
そもそも虎太にベッドの上に縫いつけられてる時点で何をされるかわかってしまうあたり翔自身も何も知らなかった清らかな自分ではないんだろうとやけに虚しくなってしまった。
「暑さなんかわかんねーようにしてやる」
(母さんになんて説明しよ…)
首筋にかみついてくる虎太を尻目に、翔はこれからビショビショに濡れてしまうであろうシーツに対する言い訳を暑さで回らない脳みそで必死に考えていた。