※凰翔♀です
※翔くん先天的にょたです
※生理ネタです
それでもよければどうぞ!
「凰壮くん…どうしよう
ぼく、死んじゃうのかなあ?」
震えるような翔のか細い声。
凰壮の頭は真っ白になった。
『君のメランコリイ』
「あーかったりい」
放課後定期的に行われる桃山プレデターの練習後のことである。
コーチの解散の声とともに各々自宅へ帰っていく皆を尻目に凰壮は一人帰路を逆走していた。
向かうは先程までプレデターの練習をしていたグラウンド、目当ては泥と汗まみれになり気持ち悪くなって脱ぎ捨てた自身の靴下である。
(…またおれだけお袋にどやされる)
凰壮は以前も脱ぎ捨てた靴下を持ち帰らずグラウンドの脇に放置してしまったことがある。
その時は梅雨でじめじめとした湿度の最中天気も安定しない日々が続いていた。本当に嫌な偶然とは重なってしまうものである。
翌日取りに行った靴下はどろどろの悪臭を放つ物体で…落胆した凰壮はそれを持ち帰った後の母の雷によって更に気落ちしてしまったのだった。
閑話休題。
凰壮とて同じ轍を踏んで被害を被る程馬鹿ではないのだ。
今度は忘れずに取りに行く自分にすこしばかりの成長がみられたんじゃないかと凰壮は人知れずほくそ笑む。
「最初から忘れなきゃいいじゃないですか?なんで忘れるんですか」とはきょうだいである竜持の言い分であるが、これは聞かなかったことにしておく。誰にだって失敗は付き物なのだ。
「お、あったあった」
自分で置いたものだし、なくなっていたら困るんだけど
そう思いつつグラウンド隅のベンチに放置していた茶けた靴下を引ったくるように取る。
純白であったはずのそれは、サッカーという足を酷使するスポーツに耐えきれず泥や砂にまみれまるでそれらのような代物に成り下がっていた。
(これは怒られるか?…まあこれくらいは何時ものことだろ)
凰壮の顔は一瞬ひきつったがただ汚して帰ったぐらいでは母親の雷が落ちないことを思いだし安堵のため息をついた。
サッカーは一生懸命ボールを追いかければ追いかけるほど汗もかくし汚れる。
母は自分達の本気を認めていつも文句を言わずユニフォームを洗ってくれているのだ。
言葉に出さないこそすれ凰壮は感謝している。それは竜持も虎太もきっと同じだ。
夕陽に混じる群青。秋分も過ぎ、陽が落ちるのも早くなってきた頃だ。
煌々と照る橙が陰るのももはや時間の問題であろう。
「さて、帰るか」
ぽつりとひとりごちた凰壮は鞄に先程の靴下を奥へと突っ込んだ後、降矢邸への帰路についた。
道すがら通る公園の公衆便所を何の気無しに横切ろうとした時のことである。
「うっ…ひっく…ぐすっ…」
子供…だろうか?
弱々しくすすり泣くような声が聞こえてきた。
(なんだ…?)
何時もの凰壮ならば気づかないふりをして通りすぎたかもしれない。
しかし、何故だか酷く胸騒ぎがしたのだ。誰だかもわからない子供の泣き声に異常に惹き付けられた。
その理由は泣き声の主の正体を知ることによって納得できるものとなった。
「…翔!」
公衆便所の裏側に回ったその先、そこには地べたに座り混んでしくしくと涙を流す翔の姿があった。
「翔どうしたんだよ!おまえ、帰ったんじゃなかったのかよ!」
プレデターの練習が解散した後、店の手伝いがあるとかで真っ先に帰ったはずの翔がこんなところで何故。
凰壮は翔に慌てて駆け寄り、徐に肩をつかんだ。
その刺激で翔の身体がビクリと戦慄く。
ーただでさえ不安定な彼女を驚かせてしまった。
後悔した凰壮はすまない、といきなり肩に触れてしまったことを詫びた。
それと同時に翔の目前にしゃがみ混んで目線を合わせ、出来るだけ彼女の神経を逆撫でしない優しい声色で諭すように話しかけた。
「翔…泣いてたらわかんねぇよ。頼むから何があったのか教えてくれ」
「うっ…おうぞうくっ…ぼく…」
「ゆっくりでいいから、な?」
美しい翠を潤ませ桜色の唇を戦慄かして、たどたどしく言葉を紡ごうとする翔の短髪を凰壮は優しげな手つきで撫ぜあげた。
「くぅっ…ぅっ…」
「大丈夫、大丈夫だから」
安心させるようにぽんぽん、と翔の背中を柔らかく叩く。それが功をそうしたのか嗚咽まじりにも翔が語りはじめたのだ。
「あのね、ぼく…どうしよう…ひっく」
「なんだ…?ゆっくりでいいぜ」
宥めるように背中をさすり翔を安堵させるよう努める凰壮だが実は翔以上に混乱しているかもしれない。
いつもうるさいほどに元気な翔が鬱々と涙を流していることほど異常なことなどない。
そしてなによりも…凰壮自身が翔にただならぬ感情を寄せていること。
それが彼の平静を乱す最たる理由となっているに他ならない。
しかし翔の震えるように囁かれた言葉で凰壮のなけなしの平静さは瞬く間に消しとんでしまった。
「 おうぞうくっ…どうしよう
ぼく、死んじゃうのかなあ…? 」
「は?」
翔の突飛な問いに凰壮はただただ驚愕した。
そして頭を捻った。
「…どういうことだ?」
凰壮は眉根を寄せ翔に問うた。
死んでしまうのか?
翔は確かに自分にそう言った。
死んでしまうとは?誰が?翔が?
しかし凰壮は見出だせない。
先程までピンピンとサッカーボールを犬ころのように楽しそうに追いかけていた翔がいきなり死に恐怖感を感じて咽び泣く理由が見出だせないのだ。
凰壮の疑問を尻目に翔は不安そうな表情を浮かべたどたどしく言葉を並べたてていく。
「おなかいたくてっさっきから……から血がいっぱいでてて…止まらなくてっ…!このまま死んじゃうのかな…ひっく」
血…血液
翔の話のなかにあったその単語を聞いた瞬間凰壮の顔色はたちまち蒼白になった。
怪我をして桃山プレデターの練習に翔が来れなくなってしまう
(嫌だ…!)
翔の声だしのない桃山プレデターなど今となって、凰壮にとっては悪夢に等しい。
否そもそもプレデター云々なんて建前に他ならない。
何よりも想い人である翔が苦しんでいる事実が個人的に耐えられないのだ。
「血…!?どこだ!!」
「や、やだ…!」
早く止血しなければと躍起になって翔の身体を目を皿のようにして観察する凰壮に対し、翔は身をよじって拒絶の意を表す。
血液の流出場所を見られたくないのか。
暴き出そうと探る凰壮に微弱ながらも抵抗をみせる翔。
翔が必死の抵抗をしようにも一回り体格の大きい凰壮に軍配があがることは当然の結果であった。
彼女がバランスを崩し、開脚してしまったときにはもう、時すでに遅しだった。
プレデターのユニフォームである白いショートパンツ。
股の間にべっとりとこびりついた、赤黒い、汚れ…血
薄暗くなりこそすれ、まだ陽の沈みきっていない夕焼け空が翔の股間部を鮮明に曝け出す。
やっとここで凰壮は自分がしくじったことに気づいた。
それと同時にこんこんと沸き上がってくる翔に対しての羞恥と罪悪感。
「あー………………………悪い」
凰壮は始めて穴があったら行き着く先まで掘り進んで掘り進んで最終的にマグマにぶち当たって燃え付きてしまいたい、そんな衝動に駈られた。
だって顔から火が出る程に恥ずかしいのだ。自分の浅はかさに焼け死んでしまいたい。
しかし自然と口をついて出てしまう言葉は更に不躾で野暮というものだった。
「おまえ………生理、始めて?」
こくり
不粋な質疑に翔の頭が小さく頷いた。
それと同時に凰壮は返答がわかっているというのにもかかわらず頭を抱えこみくぐもった声で唸った。
端的に言えば翔は本日めでたく初潮を迎えたのだ。
しかし、翔の幼い精神上、それを好感的に受け入れる準備が整っていなかったようで、彼女はことのすべてを悲観的に捉えてしまったようである。
自分の意思と関係なく漏れ出てくる赤い液体は翔の恐怖を大いに煽った。
ただでさえ下腹部の鈍痛が粛々と続き、この時分特有の情緒不安定な脳味噌でこの状況下一人でぶち当たってしまったのだ。
その為翔が死を覚悟してしまっても可笑しくはないかもしれない。
それにしても、だ
「おい…まさか生理知らねえってことは…」
「そ、それくらい知ってるよ!5年生のとき習ったじゃん!」
「だよな…良かった」
それに関しては本気で安堵した。
翔がこの現象を月経であると知らずに本気で出血多量で死んでしまうという思考に至っていなくて良かった。本当に良かった。
翔に性教育をする余裕など今の凰壮には、ない。自分だっていっぱいいっぱいなのだ。
今でさえ普段と違って抱き締めたら押し潰れてしまいそうなしおらしい翔を目前にして心臓がバクバクいっているというのに。
「だったら…なんで死ぬとかいうんだよ」
生命としての死の恐怖ではなく翔は何に対しての死を恐れているのか
それが知りたくて凰壮は怪訝そうな顔で問いかけた。
翔は重々しい面持ちで静かに口を割った。
「ぼく……まだそんな…生理なんてならないと思ってたんだ。授業聞いてたときも人ごとだったし、ぼくには全然はやいと思ってた」
「……」
「でも授業で生理は大人になる準備なんだって言ってた…おかしいよ、ぼくはまだ子供なのに…こども、なのにっ…!」
嗚咽交じりに語り出す翔の話を凰壮は胸が締め付けられる想いで聞いていた。
本人の意思と関係なく身体は勝手に大人への一歩一歩を辿っていく。
それは二次性徴という形で人間の身体に現れ時には大胆に残酷に性差をあからさまに主張するものとなる。
いずれは受け止めなくてはいけない変化であることは凰壮はもちろん、翔さえも薄々感ずいていることである。
それでも、幼い翔はその事実を受けとめる準備が出来ていないのだ。
「ぼくはっまだプレデターのみんなとサッカーがしたい…!それなのにこどものぼくは死んじゃうの…?まだぼくは大人になんかなれないよ…!」
翔が恐れていることは、二次性徴のはじまりがこどもでいられることのタイムリミットを早めているという真実なのだ。
男女混合でルールにとらわれず自分達のサッカーをすることができるチーム『桃山プレデター』。
『こども』だからこそ成立するチームプレー、戦術、テクニック…翔は大人に近づくことを『死』に…プレデターに所属する自分の『死』に例えていたのだ。
「違う!」
凰壮は叫んだ
驚いた翔、驚いたのは凰壮の声の大きさ?否彼が急に翔をかき抱いた為か?
「違う!違うぜ翔!!…おまえも!おれも…まだガキじゃねーか…」
「おうぞうく…ん」
凰壮の言葉が、温もりがじんわりと翔の心を満たしていく。
―ああ…自分はまだ子供でいいんだ、彼も自分も、こども
そう思えただけで気分が軽くなる。
身体が先走ったとしてもどあがいても自分達はこども、仲間達と無邪気にボールを追いかけても、いいんだ。
「ありがとう、凰壮くん」
「ああ…これからも宜しくなキャプテン」
乱暴に涙を拭って何時もの笑顔をみせた翔、薄汚れた酷い顔だが、誰にもまけない綺麗な満天の笑顔だった。
そんな翔に凰壮は柔らかい表情浮かべ彼女頭をそっと撫でた。
凰壮は面倒見のよい少年だった。
その面倒見のよさは殊更翔に関しては非常に優秀で…有り体にいうと贔屓だった。
ジャージの上下を貸してやり、あまつさえ自身のタオルを翔の…ナプキンのかわりにするなどと…。
これも愛の成せる技なのだろうか…。
「ねえ、凰壮くん。ぼくのこと嫌いになってない?」
ここまでしてもらうと逆に不安になってしまった翔は不安げに凰壮を伺う。
「そんなの…なるわけねえだろ」
「ほんと?良かったぁ…」
そんな翔に一瞥し照れ臭そうに視線を外す凰壮に至極嬉しそうな翔だった。
嫌いに、なるわけがない
むしろ好きだ、どんなお前も守りたい、だなんて。
今の凰壮には言えない。ただ、いまは
彼女の憂鬱を拭ってあげたい、ただそれだけなのだから。