※風ダンネタバレ注意です!
モンブランにご用心
桃山ダンデライオン一行は中学生との試合の後、とある喫茶店に足を運んでいた
エリカが上京してからお気に入りというこの店は『スイーツ10種類で定額セット』なるお得なメニューもあり、食べ盛りの若者にも人気の店だ
一応ミーティングという名目だったが、ばっちり試合をこなして体力を消耗してきた翔達のお腹は勿論ペコペコだった
結局の目的は腹ごなしだ
そうじゃなかったら上述のメニューなんて頼まない
翔は甘いものは割と好きだし、エリカはこの店をオススメしていたくらいだ。頼んだのは言うまでもない
意外なのは、もう一人このケーキセットを自らすすんで頼んだ人物だった
「凰壮くんって甘いもの好きだったんだ…」
皿に盛り合わせられたスイーツを黙々と片付けていく凰壮を、翔は珍しいものを見るような目で見た
「…ん?別に好きってわけじゃねえけど、おれ体でかくしたいからさ」
ケーキじゃ大きくなんないかな
そう呟きながらむしゃむしゃとケーキを食していく凰壮
その食べっぷりに翔は圧倒された
確かに此処のケーキは美味しいと翔も思う
色とりどりのスイーツは舌だけではなく目も楽しませる
味は絶品で非のうちどころはない
糖分の不足した体を癒やしてくれる
しかし、そんな素晴らしいケーキを狙う不届きな影がひとつ
「…ッおい!虎太!!おれのケーキとるんじゃねーよ!」
凰壮急に大声を張り上げ怒りをあらわにした
凰壮の怒号の矛先は、彼のケーキを横からかっさらうようにつまんでいく虎太だった
「…少しくらいいいだろ」
憤慨した凰壮に目もくれず、悪びれなくケーキをつまみ食いしていく長男に凰壮は苛立ちを隠せない
「そんなに食いたいなら虎太も頼めば良かったじゃねえか!!」
凰壮の言う通り、虎太は定額セットを頼んでいない
それなのに人の分を横取りしていくのだ、凰壮が怒るのも仕方ない
しかし、虎太は虎太なりの言い分があった
その言い分とは後述の通りだ
「……人のものは旨そうに見える」
「〜!虎太!!」
「止めてくださいよ二人とも。すごくバカっぽいですよ」
いがみ合う二人を涼しげな口調で窘めたのは三つ子の次男、竜持だった
竜持は虎太と同じく定額セットを頼んでいないかと言って虎太のように他人のケーキにを盗み食いすることなく、ストレートの紅茶を優雅な面持ちですすっている
「竜持くん、本当に食べなくていいの?」
一人だけ何も食べていない竜持に翔は問いかけた
同じ運動量をこなしてるはずだ、腹も減るだろうに
「ええ、ぼく甘いものだめなんで」
紅茶を嗜みながら、ニコリと上品な笑みを翔に向ける竜持にエリカが不満そうに口をとがらせる
「食べたくないやつは食べなきゃええねん!」
しかしほんま損しとるで!竜持くん
自分が薦めたケーキの店で紅茶ばかり啜っている竜持がエリカには理解できないのだ
損をしているときっぱり吐き捨てるエリカに竜持が苦笑した
自分は損なんてしていないのに
目の前で幸せそうにスイーツに舌鼓を打つ翔を見ているだけで竜時が満たされているのをエリカは知らない
竜持に見られていることも知らずに無邪気にケーキセットを食べ続ける翔
その愛らしい姿に竜持はこっそり感嘆のためいきをついた
(あんなに口にクリームをつけちゃって…可愛いなぁ
思わず食べちゃいたい位ですね)
涼やかな性格に似合わず不埒なことを考えている竜持に気づくはずもなく翔のフォークは喜々としてモンブランにさしかかった
「え、何これ!すごくおいしいよ!」「せやろ!?ここのモンブランは絶品や!勇気をくれる味なんやで!」
翔の大絶賛に何故かエリカが得意げに答える
自分の薦めたものが誉められれば嬉しいものである
「どれどれ、食べさせろよ」
翔の感動の大声に反応した凰壮が翔のモンブランをせしめようとした
モンブランを10種類のうちに選ばなかったらしい
翔の了承を得ず、彼の手をつけたモンブランを半分位一気に崩した
自分が盗られるのは嫌なのに、人のは遠慮無しに奪う所が自由な彼らしいというか何というか…である
「ああっ、ダメだよ!!」
勿論翔がそれを許すはずもなく、皿を凰壮から遠ざけて非難させる
「ああっ〜!!虎太くんもダメ〜!!!」
それを虎太が横取りしようとするのに気づいて翔は皿を庇って防御する
「……チッ」
ケーキを盗るのに失敗した虎太は残念そうに舌打ちをした
「あほらし」
同い年のオトコノコってほんまガキくさ…
呆れたようにエリカが呟くのを聞きながら、ケーキ争奪戦とは関係の無い竜持もこの状況なら仕方ないと苦笑するしかなかった
ここまでは良かった
見てのとおり小学生がケーキ争奪戦にじゃれあうほほえましい展開だった
しかし、この後の凰壮の行動から雲行きが怪しくなる
「じゃあ、あーん」
「へ?」
翔に向かって、いきなりあーと口を開けてみせる凰壮
突然の凰壮の行動に、翔が状況に付いていけず間抜けな声をあげた
「半分かっさらわれんのヤなんだろ?だったらおれに食わせていい分だけくれよ」
ほら、はやくよこせ
そう言いたげにまた口を開けてモンブランを強請る凰壮
さながらその姿は母鳥からの餌を待つ雛鳥のよう
彼は翔のモンブランを諦めたわけではなかったのだ
つまり凰壮は、モンブランを翔の許せる分量でいいから食べさせろというのだ
無論翔の手から、である
食べ物を食べさせてやるという行為
それを同年代の男にやるのは普通、何となく気恥ずかしいものがある
思春期にさしかかるお年頃の翔はなおさら抵抗がある・・・わけではなかった
「もー仕方ないなあ〜はい!」
美味しいモンブランを半分も分捕られる位なら少しだけくれてやった方がマシ
そう思った翔はフォークに少しだけ掬ったモンブランを凰壮の口の前に持っていった
「ん、うまい」
差し出されたモンブランの乗ったフォークをパクリと口にして凰壮は満足そうに呟いた
「でしょー?凰壮くんも選べば良かったんだよー!」
それを聞いた翔が偉そうにふんぞる
クリームの部分がうまいとかスポンジがフワフワだとか教授しはじめる翔を尻目に、凰壮は他の兄弟に目配せをした
ニヤリと不敵に笑って『いいだろ?』と
凰壮の傲慢な態度に、虎太と竜持の表情が険しくなる
すぐに行動に移したのは虎太だった
「…おれにも食わせろ」
兄弟同士の競り合いとは恐ろしい
あのクールな虎太まで、三男に負けじとケーキを強請りだした
「えー虎太くんも?しょうがないなあ〜」
渋るふりをしつつも、虎太の開いた口に切り分けたケーキを放り込む翔
すぐに手を引っ込めようとする翔の腕を掴み、虎太はフォークについたクリームを全て舐めとってみせた
「もっと」
「ちょ…虎太くん…?」
「もっと、くれよ」
サッカーをしてる時みたいな真剣な目で見つめられ翔は少しどきっとした
「あっ、ずるいっ虎太!!おれもっ」
それを見ていた凰壮が悔しそうに叫ぶ
「えー!?凰壮くんにはもうあげないからね!!!」
流石の翔ももう誰にもモンブランを渡す気はないらしい
虎太や凰壮にとられまいと、一心不乱にモンブランをかき込む
懸命に食らいつくのでクリームの食べかすが口のまわりにこびりついてみっともない
でもその姿が食べ物を小さい口で頑張って頬ばる小動物のようで、見るものに癒やしを与えていた
そういえば、意外にもこの争いにのってこない人間の存在をエリカは思いだす
竜持だ
今までの短い付き合いを通じ、三つ子は総じてなんだかんだ翔を構いたがり、色々ちょっかいをかけているのだとエリカは踏んでいた
竜持もそうなのかと思っていたが、先程同様、涼しげな顔で紅茶を飲んでいる所をみると見当が外れたかな?と思う
「流石は竜持くんやなあ…ケーキ争奪戦には入らへんねんな」
エリカは関心したように竜持に言った
低レベルな争いには乗っていかない所をみると、竜持は他の同年代の男子とはやっぱり出来が違うのかもしれない
「ぼくは甘いもの苦手ですから」
竜持は何時ものポーカーフェイスでエリカにそう嘯いた勿論ここで終わらないのが策士、降矢竜持である
竜持の視線はモンブラン自身ではなく、モンブランを頬張る翔の口元に集中していた
「そうですね、ぼくはこれでいいです」
懸命にケーキを頬張っていた翔はすぐ近くに竜持がいることに気づかなかった
ふいに翔が顔をあげた時にはもう遅かった、すぐそこには竜持の整った顔
竜持は当然のように翔の口元についていたクリームをペロリと舐めとった
何が起こったか状況が把握できず、ぽかんとする翔
竜持は、それを満足そうに眺めつつ、何食わぬ顔で彼にニコリと笑いかけた
「ごちそうさまでした、美味しかったですよ翔クン」
その綺麗な笑みを呆けたように眺めていた翔の頬が次第に朱に染まっていくのを竜持は愉しげに観察した
「りゅ…りゅりゅりゅ竜持くんっ!!??」
竜持の行動によってしばらく固まっていたここにはいない3Uと犯人の竜持を除く桃山ダンデライオン一行
翔の素っ頓狂な声がそれらの人間を現実世界に引き戻してくれた
「竜持!!お前!!!」
「……………」
竜持をがなりたてる凰壮と黙って竜持を睨みつける虎太
反応は違いこそすれ、どちらも竜持の行動を咎める類のものに他ならない
「竜持てめえっ!おい翔!おれにも今のやらせろよ!!」
「へ!?」
「ダーメ、これはぼくのです」
「翔……もう一度舐めていいか?」
「……はえ?」
「「虎太(くん)!!!」」
「オトコノコってほんまアホ…」
こんな可愛いウチをほっといて盛り上がってるんやから…
エリカは喧しく競り合う三つ子と状況が良くわかってない翔を横目に眺めつつ、面白くなさそうにケーキを頬張った