偽らないで1






世界の運命をかけた子供達の戦い

その全てが終わり、各々が元の生活に戻りつつあった

この永きに渡る戦いを通じて、辿るべき人生を狂わされてしまった者もいる

大切な家族を失った者、生き方そのものを変えざるを得なくなった者

失った悲しみはそう簡単に消えるものではない。だが前を向いて歩き出すことは出来る

彼らにも漸く安寧の時が訪れたのだ





山野バンの父、山野淳一郎もまた戦いから解放され、平和な時を取り戻した者の一人だった

家族と離れ離れにされ、危険な研究を強いられていた彼も、漸く家族と暮らせる日常を取り戻すことが叶ったのだった

淳一郎が帰って来て、すでに幾日が経過していた

待ちにまった久々の温かい家庭

帰る家があり、そこに自分の帰りを待ってくれる存在がいるというのはどんなに幸せなことだろう

良く出来た妻、最愛の息子がいる淳一郎が待望していた生活


何の不満も無くて当然のはずだ

だが淳一郎には一つ気になる点があった

淳一郎が帰ってきてから、自分に対しての息子の態度がどこかよそよそしいのだ

あいさつなどは普通にするのだが、目を合わせて話してくれない

かと言って無視をされているという訳でもなく、当たり障りのない会話は出来るが、長続きはしない

最初に思いあたったのは思春期故の行動だ

淳一郎が子供子供と思っていたバンは今や中学生

思春期の直中にある

これはバンも年頃になったということなのだろうか

しかし思春期ということだけで避けているというには引っかかる点があった

一つはその状態が淳一郎に対してのみ起こるということだ

真理絵や他の息子を取り巻く人間達には通常通りであり淳一郎にだけぎこちないのだ

女親の真理絵にも適応しようものなら思春期だと簡単に頷けるのだが、真理絵に対しては何の違和感も無く接している為淳一郎は疑問に感じてしまうのだ

もしかしたら自分のことを嫌っているのでは?

実は率先して危険に巻き込んだ自分を恨んでいるのでは?

一瞬その考えがよぎったがすぐに馬鹿らしい妄想だと淳一郎は思った

嫌いならば危険を省みず自分を救出しに来ないだろうし、世界を救うに至らなかっただろう
まあ好き嫌いを差し引いたとしても、バンは聡い子だからどんなことがあろうと必ずやり遂げられると信じていたのだが
それにバンは自分のことを嫌いでは無いという確証もあった

淳一郎は時折、バンから視線を感じることがあるのだ

一度わざと新聞を読むふりをして様子を窺った所、やはりバンはじっと自分に視線を送っているのだ

いてもたってもいられず何かと聞いても、何でもないと慌ててはぐらかされるだけだったが

このことで、バンは何らかの感情で淳一郎を意識していることがわかる

理由はまだ定かではないが、明らかな負の感情がこもっているという訳では無い


淳一郎は暫く様子を見ることにした
戦いが終わり、淳一郎はタイニーオービットの研究開発室に復帰していた

依然として日々研究に追われ、慌ただしい生活を送り続けている

残業等当たり前の出来事であり、日付を跨いで帰宅なんてこともざらにある

妻や息子には自分のことは気にせず先に就寝するようにと伝えている

こんな状況だと自分が家族を置き去り、イノベーターに捕らわれた時分と何ら変わらないのではないかと思う

つくづく自分は仕事人間だと実感し、相変わらず家族に負担をかけていると淳一郎は反省している

しかし、職場で自分の頭脳や技術が必要とされているのがわからない淳一郎ではない

結局仕事を優先させねばならない状況に追い込まれてしまう

今日も今日とて、残業

日は跨がずに済んだものの、23時に職場を出るという遅い帰宅となってしまった

「ただいま…」

鍵を使って玄関のドアを開き、自分が帰って来たことを一応知らせる

返事が無い所を見ると真理絵もバンも既に床についてるのだろうか

だが、玄関から上がった瞬間その仮定は打ち消された

(……?消し忘れたのか)

玄関や廊下、リビングの電気は消えているののに、何故かダイニングだけ灯りがついていた

既にこの時間バンと真理絵は眠っているはず

それなら何故食卓を囲んだりキッチンが備えつけられているようなダイニングに灯りがついているのか

まだ誰かが起きているかもしれない

淳一郎は煌々と輝く灯りに誘われてそちらに向かった







「あ……父さん…」

「なんだ、まだ起きていたのか」

灯りのついたダイニングキッチン

そこの流し台にバンはいた

「か、帰ってたんだね…おかえりなさい」

「こんな時間にどうした?」

繕ったようなぎこちない笑顔を見せるバン

それに気づかないふりをしながら淳一郎は遠まわしに何故此処にいるのかを尋ねた

それは明らかな夜更かしをしているバンをたしなめるという意も含まれている

現在の時刻はすでに零時をまわっている

日付も変わっており、すっかり深夜と呼ぶに相応しい

本来ならもう子供は寝なければならない時間だ

バンもその意向を悟ったのか恐縮そうに返事をした

「…ちょっと目が覚めちゃって。喉渇いてたから…これ飲んだらすぐ寝るよ」

そう言ってバンは困り顔で笑いながら水道水の入ったコップをちらつかせた

「そうか…」

「………父さん」

バンは蚊の鳴くような声で父をよんだ

気を付けて聞いていなければ聞き流してしまう程の小さい声

それでも淳一郎は聞き漏らさなかった

久しぶりに双方の目と目がかち合う

その時

淳一郎を見るバンの瞳はあの時と同じだった


「…どうした?」

「…ううん、何でもない!…それじゃ、おやすみなさい!」

「…ああ、おやすみ」

それこそ胡散臭い位に首を横に振ったバンは逃げるようにキッチンを出て行った

キッチンに一人置き去りにされてしまった淳一郎はバンの視線の意味に考えを巡らせる

バンのあの訴えるような瞳は一体何だったのだろうか?

目は口程にものを言うという言葉がある

自分を見つめるバンの瞳は何かを思いつめたように揺れていた

バンは何を思いつめているのだろう?

淳一郎の脳内はバンのことで占拠されたのだった





シャワーを浴びている時も、気晴らしに一杯呑んでいる時も淳一郎はバンのことを考えていた

息子は何を思い自分を避けるのか

何を思い自分を見つめるのか

バンを心から愛している淳一郎は気が気では無かった

そして気がつけばバンの部屋の前に居た

無意識にたどり着いたと言っても過言ではない

(私も随分ヤキがまわっているな…)

理性の塊のような科学者である自分の、行き当たりばったりの行動に思わず苦笑してしまう

天才的な科学者であること等、今は何も関係無い

結局淳一郎も息子の前では、ただのしがない父親なのだ

(なに、せっかく来たんだ。可愛い息子の寝顔でも拝んでいくとしよう)

勝手に部屋に入る等不法進入で怒られてしまうかもしれない

しかし、いつも避けられてる身

息子の健やかな寝顔を確認する位、罰は当たらないだろう

淳一郎はそっとバンの部屋の扉のノブに手をかけようとした

『んっ…ふ、う…ぅ』

その時、部屋の中からくぐもったような声がした

(!…まだ寝ていなかったのか…?)

すっかりバンは寝ているものだと思い込んでいた淳一郎

鼻にかかった吐息のような声

明らかに様子が変だ

気になった淳一郎は徐に部屋の扉に耳をそばだてた

『はぁっ…う…ひぅっ…』

(これは…!)

バンが自室で何をしているか

頭の回転の早い淳一郎はだいたいの憶測をつけることが出来た

(そうか…バンもそういう歳になったのだな…)

淳一郎はしみじみと息子の成長を噛み締めた

それはいわゆる自慰、マスターベーションと呼ばれる行為で

男に産まれたのなら必ず誰しもが通る道である

きっと年頃のバンも最近覚えて、好きな子のことでも考えながら勤しんでいるに違いない

息子も年頃なのだ、青春のただ中を生きる息子に野暮なことをしてはいけない

淳一郎は見てみぬふりをしてその場を立ち去ろうとした

その時

『んっ…ふぁあ…とぉ、さん…!』

くぐもったバンの声が自分を呼んだ気がした

淳一郎は我が耳を疑った

踵を返そうとした足を戻し、再度耳をバンの部屋の扉にそばだてる

『とうさ…んっ…とうさん…っ!』

淳一郎は確信した

息子は自分を嫌悪して避けていたのではないと

むしろバンは自分を欲しているのではないか?

己を慰めながら睦言のように淳一郎を呼び続けるバン

震える唇からは甘い喘ぎが漏れ聞こえ、大きな瞳を潤ませ淳一郎を欲しているのだ

淳一郎はたまらなくなった

この部屋に自分が入っていけば、息子はどんな顔をするのだろう?

バンはどんな反応を淳一郎に見せてくれるのだろう?

それを想像するだけで淳一郎の胸は熱くなり、心は躍るばかりだ

淳一郎の手は自然と、バンの部屋のドアノブを握っていたのだった





「うぅ…んっ…ん」

バンは自室のベッドに寝そべり、くぐもった声をあげていた

毛布をかぶり、はあはあと短い呼吸を何度も繰り返し漏れ出る声を、左手で口を抑え、押し殺そうとする

「ふぅ…ん…あァっ!…うぅぅ…」

しかし我慢できず、しどけない声をあげてしまう

それはバンの右手に原因があった

バンは自慰にふけっていた

右手でわっかをつくり、何度も何度も自身を扱きあげる

バンのペニスはすでに首をもたげており、ゆるゆるとこすりあげれば、先端から先走りの液体が漏れだししどどにバンの手を濡らした

熱に浮かされ、譫言のように口から紡がれるのは喘ぎだけではない

「はぁ…う…とうさん…とうさん…っ」

繰り返される父を呼ぶ声

バンは淳一郎を避けこそすれ、淳一郎を嫌っているわけではなかった

バンは淳一郎を…あろうことか性的な対象で愛してしまっていた

淳一郎を見ると身体が火照ってしまい自身を慰めたい気持ちが強く高まってしまうのだ

戸惑いを抱えながらも、淳一郎が家に戻ってからこの行為は日に日に習慣化していった

無闇な接触を避けるべく、淳一郎を避ける形になってしまったのは罪悪感と自己嫌悪故だった

父を避けること、父を想い自身を慰めることへの後ろめたさを感じこそすれ、バン自身がこの感情に名前をつけることが出来ずにいた

駄目だとはわかっている、父を対象にこのような行為に耽るのは

しかし若い性欲を制することができず、今夜も自然と自身に手を伸ばしてしまった

(父さん…俺はどうしたらいいの?…苦しいよ父さん…)

バンは自身の体液で手を汚し、枕を涙で濡らしながら果てるしかなかったのだった


「はあっ…はあっ…!」

慰めども慰めども収まらない欲望

どんなに勃ちあがった自身を鎮めようと擦りあげても身体はただただ熱を孕み熱くなるだけだった

バンは火照ってた身体を冷まそうと毛布を退けた

そしてベッドに胡座をかく形になって前を寛げたバンは先程よりも激しく自身を扱き出した

「ああぁ…ふあぁ…っ!気持ちいいよぉ…とぉさんっ…!」

父の自分を見つめる優しげな表情を脳裏に描き、バンは取り憑かれたように己のペニスをシュッシュと扱きあげる

バンは自身を慰めることに夢中で気づかなかった

この部屋にいる存在が自分だけではないことを







第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -