肌が粟立つような風が吹き抜ける。涙花としては死人と対峙している気がした。しかし、目の前で微笑む藍染は間違いなく生きている。
「ならば今一度問います」
「何かな」
「目的は何ですか」
藍染は嬉々とした様子で指差す。釣られて見ればそこには青い空が。
「空…」
「違う、天だ」
「天?」
「そうだ」
そして藍染は聞かれもしていないのに今までの計画の全てを話し出した。
四十六室を殺害し成り代わったこと
わざと市丸と不仲なふりをしたこと
自分自身の死を擬装したこと
そして最後はこう締めくくった。
「それから雛森君は僕が殺したよ」
「何、だって?」
「彼女は僕なしでは生きられない………殺してあげたのは情けさ」
怒りよりもどうしてっという気持ちの方が強かった。隊長達を、直属の部下を、大勢の死神を、どうしてここまで無下に出来るのだ。
「裏切り者!!」
「君に言われたくないな」
「何?」
「幼馴染みを殺そうとしたじゃないか」
涙花は動揺する。確かに幼馴染みを殺そうとしたが、何故藍染が彼と馴染みである事を知っているのか。
「隊長各なら皆知ってるさ君が幼馴染みに会って懐柔されるのを恐れて最初のころは前線に出さなかったんだよ」
頭の片隅にあった疑問が解けた。納得するが信用されてなかったようで些かショックだった。
「そこまでしたのに君はわざわざ会いに行った。そして殺そうとした」
「それはっ!」
「それは?」
「それは………」
先を促されても言葉に出来ない。何を言ったところで真実味はなく、藍染が言ったことも当たっているような気がして否定出来なかった。
結局押し黙ってしまった涙花に、藍染はさらに笑みを深くし追い打ちをかける。
「否定出来ないか。それもそうだ。君は幼馴染みより死神であることを取ったんだから」
「っ!!」
「君も僕たちと何ら大差はない」
裏切り者だよ。
それが決定打だった。涙花の心とは裏腹に身体は膝から崩れ落ちた。どう叱咤しようがまったく動かない。
裏切り者だよ
相手が違うだけで結局自分もなんら変わりはないのか、と思うと動く気にもなれなかった。力無くうなだれる他ない。
そんな涙花を興ざめだと言わんばかりに見下ろして、藍染は腕を水平に上げる。
「残念だよ、涙花君」
詠唱破棄をした鬼道を唱えようとした瞬間、
「やめ、ろっ!!」
第三者の声が響く。市丸や東仙が邪魔をするわけがない。その他の人間は喋れない…はずだった。
一人だけ、阿散井と同じように気絶していた彼が首を持ち上げて叫んでいた。
「一護…」
「生きていたのか」
生きてた、と言っても息は絶え絶えだ。腕を突っ張ってなんとか上半身を起こそうとしているが無意味だった。それでも藍染を睨み据えるその目は鬼気迫るものがある。
「そ、いつに…手を、出すなっ!!」
「おや。何故だい?この子は君を殺そうとしたんだよ」
嘲るような藍染の言葉が涙花の胸を抉る。だけどそれは真実だ。彼に敵対されるならいざ知らず、助けてもらうなんてありえない。
「そんな、もん、どうだっ、ていいん…ただ」
ありえないはずだった。
「約束、したんだよっ!!」
そんな物、涙花はとうの昔に破ってしまったと思っていた。だけど、彼はそう思っていなかった。
そこに堪え難いほどの距離があろうとも、二度と会えなかったとしても。約束は約束。違えることなどない。
「一護…」
「心配すんな、大丈夫、だ」
それはただの強がりでしかない。話すのがやっとの状態で、この状況を打破出来るとは思えなかった。
私は、何をしてるんだ。まともに戦えるのは自分一人。もしここで諦めたら間違いなく全員死ぬ。諦めるのか?
答えは決まっていた。涙花の瞳に光りが戻る。立ち上がると刀を抜き、切っ先を藍染に定めた。
「実力の差を知りながら戦うか。愚かな」
「何もしないことが賢いのならば私は愚かなままでかまわない」
いきなりの変化に藍染は目を細める。生意気な感じが先程殺した彼女の隊の隊長にそっくりだ。藍染は笑みを深めた。
「ならば望み通りにしてあげよう」
揺らぐ意識の中で見たのは再び藍染と対峙した幼馴染みだった。駄目だ、二人がかりでも敵わなかったのに彼女一人で勝てるわけない。逃げろ逃げるんだ。
力を使い果たしたのか、肝心な時に声がでない。それでも、どうにか叫ぼうと口を開いた、その時だ。
不意に涙花が微笑んだ。藍染をすり抜けその後ろにいた一護に向けて微笑んだのだ。
「ありがとう」
それだけ言うと表情を引き締め目の前の敵に向き直り、涙花は動いた。
「涙花!!」
「ありがとう」
今一度、約束を守れるの君のおかげ。だから今度こそ必ず、あの約束を守ってみせるよ。
戦闘のために思考を切り替え、瞬歩。距離を縮め突きを繰り出したがあっさりとかわされる。それでも諦めずに二撃目を放とうとしたが、叶わなかった。
「う、そっ!!」
藍染の刀が一線、血が弾けた。刀をいつ抜いたのか…抜く暇なんて与えなかったのに。
「今度こそサヨナラ、だ」
ぐにゃり、世界が歪む。急激に押し寄せてきた痛みに抗がったがどうにも出来ず、ついに涙花は意識を失った。
End
>>あとがき
やっとここまで来ました…一番の山場です。書くのに一苦労でした。
また場面は飛びます。
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