書類作成などの執務じゃなく、久しぶりに小隊の指揮をとることになった涙花は、十番隊の隊士数人と席官一人を連れて警備にあたっていた。すでに旅禍は廷に侵入しており、各隊が血眼になって行方を追っている。

旅禍…気付けばあの時の事ばかり反芻している。

「八席!八席!!聞いてます!?」

どう考えたって結論はでないとわかりながらも思考はあの色を思い出す。

「涙花さーん!!」

そう、あの色。もっとも近くにあったのに、いつのまにか遠くなった色。



「涙花………さぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!

「ぎゃーーー!!!」



悲鳴が大音量で響きわたった。耳を押さえて蹲っている涙花は涙目になっている。

「何すんの!!」

「何回呼んでも反応しないほうが悪いんですよ!!」

「だからって人の耳元で叫ぶな!!」

「叫ばないと気付かなかったでしょうが!!」

「それはそうだけど…鼓膜破れるかと思った!!」

「何回呼びかけたと思ってるんです!?何ですか、今日はお耳が定休日なんですか!?」

「そんなわけないでしょ!てか、何その言い回しっ!?」

派手な喧嘩をしても周りの者は誰も止めない。今日も愉快な八席と十五席の漫才が始まった。と、思う程度である。とうゆうより、この二人の会話は聞いてて飽きないので止めようと思わない。

「もう…小さいときはこんな子じゃなかったのに」

「あんたは俺の何を知ってるんだ」

嘘泣きしないでください…と、冷たい目で見てくる。

十番隊、第十五席の青年は涙花の右腕的な存在であり、二人は公私共に仲が良い。ちなみに、彼と涙花が出会ったのは二年前だ。お互いすでに立派な大人になっていたので幼少期のことはまったく知らない。

「はぁ。地獄蝶の伝令を聞きましたか?」

「地獄蝶?」

「やっぱり。ちゃんと聞いてくださいよ。大事な伝令だったらどうするんですか?」

「ごめんなさい。海よりも深く反省します。それで、内容は?」

「(全然反省してない…)十一番隊第三席斑目一角氏が旅禍と一戦交えて負けたそうです」

「十一番隊の…」

十一番隊といえば護廷十三隊最強の戦闘部隊。最強を自負するだけあって実力は確かだ。そのNo3が負けたとなれば相手の旅禍は相当な手練れである。問題はその旅禍はどんなやつか、だ。

「旅禍の情報は?」

「それがわからないんです」

「わからない?」

「はい。一角氏は旅禍の目的や行き先、それどころか顔や声さえもわからないそうです」

「一戦交えたのに?そんなわけないでしょう」

「しかし、本人かそのように申しているそうで…」

十五席も困惑しているのか歯切れが悪い。

斑目一角のことはあまり知らないが、十一番隊の第三席ともあろうものがなんの情報も得ずに負けるとは思えない。

そうなるとあとは…

「八席」

「そろそろ交替だ。一度隊に戻る。皆を集めて」

「はい」

指示どうりに動きだした十五席の隣で涙花は再び考えだした。









斑目一角はすでに飽きていた。寝台に横になっていても眠気は無く、かといって起き上がることも出来ずにひたすら天井を見続け、早数時間。いくら安静にしてなければいけないとはいえ、一角にとって一ヶ所に留まることは苦痛でしかなかった。

「ちっくしょー…」

こうなると怪我の原因である旅禍の小僧が憎くなる。見舞いに来てくれる人でもいれば別なのだろうが生憎、来てくれたのは十二番隊長と自隊の隊長・副隊長だけだ。しかも前者は見舞いじゃなく脅しだった。

ふいに一角の怒りの矛先は十一番隊隊士達に向けられた。

こうゆうときこそ酒の一本二本持って見舞いにでも来やがれ。何のための十一番隊だ。

一角は知らないが十一番隊は壊滅状態でそれどころではない。普段だったら仕事ほっぽりだして駆け付けていただろう。


綺麗すぎる部屋、静かすぎる環境。一角にとっては四番隊の救護詰所は居心地が悪すぎる。

そんな静けさに割って入ったのは軽快な足音だ。足音は段々大きくなり部屋の前で止まる。失礼します、という声と同時に戸が開いた。

首だけ動かして見れば、そこにいるのは四番隊でも十一番隊の人間でもない。見知った人物でもなかった。

「誰だお前」

「十番隊第八席弐道name1と申します」

聞いたことがあるようなないような名前が出てきた。とりあえず、戸を開けたまま突っ立っている涙花を部屋の中に招き入れる。涙花は一角の枕元に直立した。

「何の用だ」

「お聞きしたいことがあります」

「聞てぇこと?」

「はい………戦った旅禍の事、本当に何も知らないのですか?」

「何が言いてぇ」

「十一番隊第三席ともあろう御方がなんの情報も得ずに負けるとはお思えないもので」

「ぁんだと?」

ビキッ、と一角の額に青筋が出来る。相当怒っている一角を前にしてもしれっとしている涙花はある意味大物だ。

「本当は何か知っているのでは?」

「俺はなぁ、何も知らねぇ」

こいつも十二番隊長と同じかと思ったら白けた。視線を涙花から天井へ移動する。

「聞いちゃいねぇし、見ちゃいねぇよ。」

「しかし」

「くどいぞ」

汚れ一つない天井が目に眩しすぎる。十一番隊の天井なんて蜘蛛の巣が張っていた。だが、あっちのほうが性にあってる。見慣れているせいもあるだろうが…。

きっとそのうち諦めて帰るだろう。そう、思ってた。

「………誰にも言いません」

「あぁ?」

声音が変わった。再び涙花を見れば様子も変わっていた。

「報告もしません。些細なことでもいいです。お願いです、教えてください」

言うと後頭部と背中しか見えないほど深々と頭を下げた。そこまでする涙花が一角は不思議でならなかった。

どうして、面識がない自分に頭を下げてまで旅禍の事が知りたいのだろう…本当に知らなかったらどうするつもりだったのか。何を考えているのかさっぱりわからない。ただ、涙花が真剣だってことだけが伝わってくる。



一方の涙花は必死だ。一角と一戦を交えた旅禍は自分が知りたい旅禍のことじではないかもしれない。それでも情報が少ない今は一角に頼るしかないのだ。


あの日から消えないあの色を知るために。



「………わかったよ」



涙花が勢い良く頭を上げた。その表情は驚きに包まれている。

「斑目第三席」

「てめぇにどんな理由があるか知らねぇし、興味もねぇ。これはその…気紛れだ」

「…ありがとうございます」

固くなっていた涙花の表情がここに来て初めて緩んだ。

「旅禍共は五人と一匹。目的は例の罪人、朽木を助けにきたらしい」

「五人と一匹でですか?」

「本気らしいぜ」

鼻で笑う一角。特に表立って反応しなかった涙花も内心は無謀だと思っていた。

「俺と一戦交えた旅禍は身の丈ほどの大刀にオレンジ色の頭だ」


オレンジ。


心臓がドクン、と大きく脈打った。



「名前は…」

「あ?」

「名前は!?」

あまりの気迫に一角は押される。名前など関係あるのだろうか?外見だけ知ればいいはずなのに。少々おかしく思ったが知っているので答える。







「黒崎一護」







息を呑む音が大きく聞こえた。名前を告げた途端涙花が動揺したのを一角は見逃さなかった。

「おい、どうした?」

「いえ、何も…」

「顔色わりぃが大丈夫か?」

「はい」

「そうか………俺が知ってる旅禍のことはこれだけだ」

「わかりました。貴重な情報を教えていただきありがとうございました。それでは失礼します」

「おい」

一礼をして去ろうとしていた涙花を呼び止める。

「何か?」

「暇なときでいいからよぉ、酒でも持ってきてくれなねぇか。何もすることないと頭がおかしくなっちまいそうだからよ」

数回瞬きをするとニコッと笑っていいですよ、と了承した。しかも、極上のモノを持ってきます、とまで言っている。案外この女死神はノリがいいのかもしれない。

「では、失礼しました」

来たときと同じように去っていく。足音だけは遠ざかり、音が消えるとまた静かになった。

「あ〜ぁ」

あの旅禍の小僧は何者なのだろう。名前を出しただけで死神の顔色が変わるほどの存在なのか。いや、違う。あえて何も言わなかったが、あの死神は旅禍の何かを知っている。でなければあんな風にはならない。

十番隊の第八席、名前は忘れた。ただ、やけに焦ったような顔だけが一角の中に残った。










四番隊の救護詰所から出て、すぐに立ち止まる。もしかして、とは思っていたが実際に確証を得ると驚くしかない。

「一護…」

久しぶりに声にした少年の名前は歳月を感じさせ無かった。

「どうしてここに………」

思わず言ってしまった戸惑い。そんなのは決まっている、朽木女史を助けるためだ。

ならば何故?朽木女史はリスクを犯してまで助けたい人なの?一護にとっては大切な人なの?


答えがない問いばかり浮かんでは消えていった。





翌日、彼女にさらなる衝撃が襲い掛かる。





End








>>あとがき

あの方とは一角さんでした。絡ませたくてしょうがなかった人です。

次はあの場面に飛びます!!



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