約束をしてから一年経った。一護は相変わらずいじめられては涙花に助けられている。だが、相手に言い返すようになったし、すぐに泣かなくなった。少しずつではあるが約束を守ろうと努力している。

しかし、この日ばかりは話しが違っていた。

「ふぇぇぇ!!」

「泣きすぎ…」

あまりの泣きっぷりに荷物を運んでいた宅配業者が足を止める。一生懸命慰めていた涙花も最後は呆れていた。周りの大人達は苦笑するしかない。

「だっ、て…!!」

「引越しっていってもそんなに離れないよ」

家が古くなったから引越しをすることになった。一護の家から歩いて20分ほどで、走れば10分ぐらいの距離だ。たいしたことはないのだが一護にとっては一大事である。

四六時中一緒だった涙花と離れる。

大袈裟かもしれないが一護にはこれぐらいに思えるのだ。

「それでも嫌だ!!」

「そう言われても…」

「ははっ。一護君は本当に涙花を好いてくれてるね」

業者の人と話しをしていたはずの涙花の父親がニッコリと笑いながら一護の頭を撫でた。一心と違う雰囲気のおじさんも、真咲と同じぐらい優しいおばさんも一護は大好きだった。

「おじさん…」

「家の片付けが済んだらすぐ遊びにおいで」

「いいの?」

「あぁ。涙花も喜ぶよ。なぁ?」

「うん!!」

だからそんなに泣かないでくれ、と言われ小さく頷いてから涙を拭った。まだ眼が潤んでいるがそれでもしっかりと泣き止んで、いつものような笑顔になった。悪いな、などと言葉を交わす大人達の横で二人はお泊り会のと計画を立てている。

ほどなくして準備が出来た。トラックが一足先に新居に向かう。涙花達は黒崎一家に挨拶をすると車に乗り込んだ。窓を開けると何処か不安そうな一護に涙花は笑った。そんな顔しなくてもいいのに、またすぐに会えるのだから。

「早くね、涙花!」

「わかった!」

またね、とお互いの姿が見えなくなるまで手を振った。





これが最後になると知りもしなかった。










「お母さん、ごはんおいしかったね」

「そうね」

車は緩くカーブした道を進んでいる。新しい家はまだ台所が使えず夕食は外食だった。

「ねぇねぇ。明日、一護呼んでもいい?」

「もう二、三日ぐらいはかかるから駄目よ」

「えー!そんなにかかるの!?」

「涙花が頑張ればもっと早く終わるさ」

「本当?」

「本当だよ」

「じゃ頑張る!!」

涙花は運転席と助席の方へ乗り出していた身体をシートへ沈めた。

こんなに長く一護と離れるのは始めてだ。次会った時一護は泣いてしまうかも。ちょっとめんどくさいけどちゃんと慰めてあげよう。そうだ!!お母さんにケーキを作ってもらって一緒に食べればいい。一口食べたらきっと泣き顔も笑顔に変わるはずだ。だってお母さんのお菓子は世界一おいしいもの。

「何だ?」

父親の怪訝そうな声に涙花が前方を見れば何かが車を横切った。直後、耳が痛くなりそうな轟音と共に強い衝撃が身体を襲う。成す術はなく、意識は闇に落ちた。










涙花が目を覚ますと車の中にいたはずなのに、冷たい地面に横たわっていた。あれほどの衝撃を受けたのに痛みはまったくない。ただ少し頭の中がモヤモヤする。脳内をはっきりさせるために頭を振り、体を起こす。

ジャリン

重い音が響いた。

「何これ…」

音の正体は鎖だ。胸から一メートルほど延びたところでぷっつり切れている。さっきまでこんな物なかったのに。

気味が悪くて取ろうと引っ張るがジャラジャラと騒がしくなっただけだ。仕方なしに諦めると父と母を探す。さっきまで一緒だったのに、何処にもいない。

もう一度目を凝らすと切れた鎖の延長上に大破した車あり、その後ろに何かがいるのを見つけた。とにかく大きくて白い造形の仮面を被ってる。涙花でいう鎖がついてる部分には穴が空いていた。目が合うとそれはニタリと笑った。

「ひっ!?」

「オマエガ一番ウマソウダナ」

車を踏み潰して一歩一歩近づいてくる。恐ろしくて涙花はその光景を目で追いながら心の中で助けを求める。

お父さん、お母さん助けて!!一心おじさん、真咲さん、たっちゃん…誰でもいいから、お願いだから助けて………





「涙花は僕が護る!!」





その一瞬だけは恐怖を忘れられた。

「コレデオレハモット強クナレ………」

動きも言葉も不自然に停止し、体に線が入った。そんな風に見えた。線にそって一つだった体が二つに割れる。物体と化した化け物は倒れる直前に塵となって消えた。

何が起きたかわからずに涙花は困惑する。化け物が消滅した跡には刀を持った男がいた。抜き身のまま近づいてくるから今度はこの男に襲われるのかと身を縮こませる。

あと一歩のところで男は立ち止まる。虚は倒したのになんでそんなに怯えてんだ?と、不思議がったが原因は刀だと気付くと鞘に納めた。

「大丈夫か?」

「………」

「恐かったな。もう大丈夫だぞ」

優しく声をかけられ、助かったと安心した。とはいえ素直に喜んでもいられず、涙花は男に飛び付いた。

「うわっ!何だ!?」

「お父さんとお母さん!」

「え?」

「一緒にいたの!きっとあの車の中に閉じ込められてる!お兄ちゃん、助けてあげて!!」

この人なら両親を救ってくれると思ったのだ。だか、男は逡巡した後、もう助けられない、と言った。

さっきの化け物…虚というらしい。あれが両親の魂を喰らった、だからどこにもいないのだ。

そこから先はあまり覚えてない。男の言う事は何一つとして理解できず、ショックすらうけなかった。お父さんとお母さんは何処にもいない?そんなわけない。今の今まで一緒にいたのだ。私を置いていなくなるなんて、そんな事絶対にありえない。

男は涙花の否定的な目に眉を寄せてたが、あっちでまた会えるからな、と言うと柄で額を押した。瞬間、涙花は光りに包まれた。










「雨やまないね」

「そうね。朝からずっと降ってる」

「涙花のとこ行っちゃダメ?」

「新しいお家についたばっかりなんだからまだ早いわよ」

「えー」

「我慢、我慢…あら、電話。一護、遊子と夏梨のことみててくれる?」

「うん!!」

「よろしくね…はい黒崎ですけど。はい…え………?それで………はい、はい。わかりました。わざわざご連絡ありがとうございました」

「お母さん?どうしたの??」

「一護、涙花ちゃんが…」

「え…?」





その日も、雨が降っていた。







End






>>あとがき

真咲は嘘みたいに綺麗なのでさんづけで呼んでいます(笑)長くなったので分けました。後編も長くなりそうです。



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