四角い箱に入る。目的のボタンを押すと上に引っ張られるような感覚がして、数秒もしないうちに今度は圧迫感を感じ、停止した。正面に線が入りってドアが左右に開く。
誰もいない通路にヒールで床を蹴る音が響く。1番奥にあるドアの前で止まって開けると良い匂いが漂い、軽快な音が聞こえてくる。顔がニヤついてどうしようもない。
「ただいま〜」
わざと間延びしさせると音が止んでゆっくりと暖簾が捲くれ上がった。
「お帰り。早かったね」
その昔、誕生日のプレゼントにあげたエプロンを着けて出迎えてくれたのは愛しき私の旦那様だ。といっても、まだ結婚はしてないので予定と付け足さなければならない。嗚呼、今日もオカンスタイルが決まってますね!!
「佐助と美味しい夕ご飯が待ってるから早く帰りたくて、頑張って仕事終らせてきたよ」
「それはそれは。ご苦労様です」
会話を交わしつつ、廊下を突っ切ってキッチンに入る。食卓に並んでいる品々に目が輝いた。
今日は純和風の献立。ほうれん草の胡麻和えにだし巻き卵、さらに豆腐のお味噌汁もついている。中央に刺身の盛り合わせと大根と豚肉の煮物。極めつけは私の大好きな自家製漬物!!
着替えもせずに上着だけ脱いで席につこうとしたら手を洗ってきなさい、と怒られたので洗面所に取って返し、急いでかつ丁寧に手を洗ってから戻り椅子に座った。
いただきます、と佐助と声を合わせて箸を持つ。味が染み込んだ大根を皿にとり、半分に割って口にする。じわーっと醤油と砂糖の優しい味が広がった。
「どう?」
「美味しいです」
それは良かった、と破顔する佐助もほうれん草の胡麻和えを食べている。
ご飯は美味しくて幸せなのだが少し悔しかったりもする。同棲を始めて早1年。二人共仕事があるから家事は分担して行うというルールがある。私も私なりに頑張っているけど、佐助が専業主婦顔負けの手腕を発揮しており、洗濯物の畳み方や掃除の仕方など全てにおいて私よりレベルが上だ。おまけに節約上手とまできた。
「あー私もこれぐらい作れればなー」
「名前の料理も美味しいよ」
「嫌味ですか?」
「違う違う。本当だって」
半眼で睨み付ければご機嫌取りに自分の分の浅漬けを一切れくれた。歯ごたえがあって美味しい。これだけでたちまち機嫌が治ってしまうのだから我ながら単純だ。
料理も洗濯も掃除も、佐助の技を盗んだり自分なりに工夫したりと頑張っているが、なかなか身を結ばない…いや、頑張っている、と言ってる時点でまだまだ努力が足りないのだろう。
「こうなったら佐助をお嫁さんとして貰うしかないよね」
「それは駄目」
「え、何で?」
「俺が名前をお嫁さんに貰うから」
冗談だったのにやけに真剣返されたので少々口ごもる。本人は私の動揺を気にすることもなく食事を続けている。佐助は料理上手なだけあって食べ方も綺麗だ。焼き魚なんて骨と頭と尻尾しか残らない。
流れるような箸捌きでご飯一口分を口に運び、よく噛んでから流し込む。それから箸と茶碗を置いた。
「名前は俺の作った味噌汁好き?」
「え、す、好きだけど?」
「なら、俺様の作った味噌汁一生飲んでくれない?」
「………うん?」
はい、と何処から出したのか。ご丁寧に蓋が開けてある小箱を醤油ざしの隣に置いた。中央の窪みに鎮座しているのは綺麗な宝石が埋め込まれて、細かい細工が施してある指輪だ。
だし巻卵が滑り落ちてお椀の中に不時着した。汁があっちこっち飛び散ったが幸いにも指輪にかかることはなかった。
「えーっと。今のはもしかして…」
「求愛?」
「何その言い方。わかりやすく言えばプロポーズ?」
「ビンゴ!」
大当り!!と、手を叩きながらはしゃぐ佐助は珍しいが、それどころではない。
あーあれか。『俺のために毎朝味噌汁を作ってください』の逆バージョンか………って、おい!!そんなプロポーズの言葉初めて聞いたわ!!!しかもそれ、私が言うならわかるがアンタが言うのかい!!!佐助らしい気もするけどね!!!
そもそも、結婚は佐助より美味しい味噌汁を作れるようになってから、と思っていたのだがそれが1番難しいことに最近気付いた。目標を高くしすぎた。
「その話しちょっと待った」
「何で」
「旦那より家事が出来ない嫁って面目立たないから」
「楽でいいじゃん」
「いやいや、これは女のプライドに関わる問題なんですよ」
「そんなものは何の役にも立たないから捨てちゃいなよ」
にこりと笑ってさらりと毒づく。俺様のためならそれぐらい出来るでしょ?と言外で言っている。
豆腐と共にお椀の底に沈んでいた卵を救出したがまた落とした。さすがにもう食べれない。ちょ、今一瞬雰囲気変わった!!これじゃプロポーズというより、ただの脅しだから!!
「だだだだだ、だって!!佐助はそれでいいの!?!?」
「むしろ俺様は大歓迎だけど?」
「なぅ」
「いきなりすぎる、って思ってるでしょ?」
「うん」
「俺様は名実共に名前を自分のものにしたいだけだよ」
あ、ヤバイ。ちょっとキュンときた。
ご馳走様でした、と手を合わせてから食器を片付け始めた。意外と独占欲があることを初めて知った。それが結構嬉しかったりする。あまり物事に頓着しない人だと思ってたから尚更だ。しかし、食べ終わるの早いな…私が遅いだけか。
光り輝く指輪を横目に止まってた動きを再開させると、洗い終わった佐助が椅子を持って私の横に移動して来た。おかげで再び中断せざる負えなくなった。
「どうしたの?」
「考えたんだけどさ、名前が結婚を躊躇する理由って家事に自信がないからでしょ?」
「まぁね」
「んじゃさぁ、結婚はもう暫く待ってあげるよ。ただし、立派な花嫁になれるようにこれから毎日修行してもらうから」
「えっ」
「言っとくけど師匠は俺様ね」
小箱を持ってリビングに向かった佐助を目で追うと箱を引き出しに閉まった。それから席に戻るとあれこれと修行メニューを考え始めた。どうやらさっき言ったことは本気らしい。私はガクッと肩を落とすしかない。
花嫁修行の師匠が彼氏って情けない。てか、悲しすぎる………待てよ。逆にこれはチャンスかも。佐助の技を吸収し、磨きをかければ最強主婦(?)にでもなれそうだ。頑張れば自信を持って佐助と結婚出来るし、佐助はきっと褒めてくれる。一石二鳥どころか一石三鳥じゃん。
「佐助、私頑張るよ!!」
「お。やる気満々じゃん」
「うん!!」
狙うは下剋上!!と、闘志を燃やす。些か不純な動機も混ざっているが、全ては愛する旦那様のためだ。
「佐助、佐助」
「うん?」
早く『猿飛』を名乗れるように頑張るね。
毎日が花嫁修行
(少しだけ待っててね)
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猿飛佐助風のプロポーズです。ところで、何で佐助は一瞬黒くなっちゃったんだろう。
夢主の師匠になった佐助ですが、たとえ相手が彼女だろうが厳しいと思いますよ。むしろ将来結婚するからこそビシバシ鍛えます所謂、愛の鞭。
「Hey.暫く見ない間にやつれてないか?」
「病気にでもなられたか!?」
「いや、佐助がスパルタで…」
「スパルタって何やってんだおめぇら」
「え、あの………家事を教わってます」
「女のくせに男から家事を教わるっておるのか。恥ずかしいやつだな」
「うわーん!!いくら本当のことだからって言わなくたっていいじゃん!!幸村、慰めて!!!」
「ぬぉぉぉぉ!!某に抱き着かないでくだされ!!!(佐助に殺られる!!!)」
「おい、いろんな意味で幸村がヤバイから離してやれ(意外と独占欲あるからなー佐助のやつ)」