春の日だまりのようだった。暖かくて心地よくて…いつまでも微睡んでいたいと願ったけど、そうもいかない。もう、夢から覚めないと。





山桜は今まさに満開の時を迎えていた。春風が甘い薫りを乗せて風下の村まで運んでくるが、途中で霧散する。それ以上の強烈な匂いが掻き消してしまうのだ。死臭と火薬と何かが焦げるような、吐き気を込み上げてくる匂い。俺にとっては嗅ぎ慣れたものだ。山に囲まれた小さな村と広大な野原、清らかな川………戦場だった。

川を挟んだ奥の方に村が見える。手前の草原に嘘の情報に騙されたふりをしてこれ見よがしに陣を張れば、山に潜んでいた敵が押し寄せてきた。しかしこれは予想済みである。隠れていた別働隊が打ち合わせ通りにその背後を一気に強襲した。こうなればあとは乱戦だ。村にもなだれ込み村人達を巻き込むだけ巻き込んで、いつしか戦場は場所を変えていた。

炎が足りないといわんばかりに燻り続けている。その中を飛ぶように移動し、見つけてしまったのだ。迫り来る炎をもろともせず瓦解した家屋の傍らに座り込んで、お父、お父…と譫言のように繰り返す彼女を。何という悲劇。ここに来るまでの間に生者はいなかった。彼女一人だけが生き残った。

気配に気付いて振り向いた彼女は驚いていた。姿を消したはずの薬師がいきなり現れたのだから当然だ。それでも悲惨な状況の中で見知った存在がいるのに安堵したのか、泣きそうになりながらも俺に駆け寄ろうとして止まった。それどころか二歩三歩後ずさってから身体を強張らせた。

この装束が意味することや俺が何者なのかは知らない。ただ、纏う雰囲気や微かな殺気から彼女が知っている薬師の佐助ではないとわかったのだろう。事態が呑み込めず戸惑う彼女に自分の中で一番冷徹だと思う笑みをのせ、決定打をあげた。

「俺は武田の者だよ」

かしこい彼女なら全てを理解したはず。美しかった村を破壊し、愛する人達を死に追いやったのはかつての知り合い、優しかった流浪の薬師。彼は利用するために村人に近付いたことを。

胸倉つかみ上げて問いただしたいはずなのに、それをしないのは不要に近づいてはいけないと本能的に悟ってるから。滑稽だ、ほんの少し前まではすぐ傍で笑っていたのにね。

「嘘、ですよね?」

「どうして?」

「だって、佐助さんはみんなの病気を治してくれたじゃないですか。そんな人がこんなこと…」

だから信じられない、と彼女は言いたいらしい。そうだ、俺は村では薬師だった。事実、薬のおかげで病気が良くなった人間も多い。だが、俺の本職は全く逆の命を奪う者だ。いくら変装しなければならなかったといえ、本分と矛盾した行いをした。ほんの少し生きる時間を長くしただけで、結局は俺が村人達を殺したような物だ。

「俺は殺す者だよ。生かす者じゃない」

「そんな…」

体の力が抜けて膝から崩れ落ちた。何か呟いているようだが、もはや言葉になってない。受け入れがたい真実に心が壊れてしまったか。そんな人間は何十人、何百人と見てきたから何の感情もわいてこない。おそらく今の俺は冷ややかな目をして彼女を見下ろしているのだろう。山を下るように言っておく。そのうち誰か見つけるはずだ。これで俺の任務は終了、旦那の元へ帰るために彼女に背を向けた…時だった。

「私は佐助さんのことを何一つとしてわかっていませんでした」


ともすれば、風に攫われそうなぐらいか細い声。なのに聞こえたのはどうして?


(俺が忍だから音を拾っただけ?それとも彼女の声だったから…?)


「でも、これだけは言えます。貴方がくれた優しさは偽物なんかじゃありません。貴方のおかげで救われた人だっているんです。私が知ってる佐助さんも今の佐助さんも全部引っくるめて貴方なんです。だから、共に過ごしたあの時までなかったことにしないでください」



嘘なんかじゃない、本当だよ。



思わず振り向きそうになった。何かが揺れ動いた気がするけど、それもほんの一瞬だった。すぐに平常に戻る。それ以上は何の変化もなく、彼女が哭した時ですら無関心だった。つくづく非情な男だなと思う。少しは思うこともあるだろうに。自分で自分をなじったところでどうにもならない。

「このまま山を下れ。そうすればあんたは助かる」

もう一度そう言い、泣き続ける彼女に背を向けて地を蹴った。



「さよなら」



無意識に呟いた言葉は、舞い落ちた一片の花片と共に業火に焼かれて灰になった。






灰燼に帰す
(この想いも灰になって還るだけ)







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