「お薬くださいな」

戸口にて、戯けたような口調で両手を差し出している。その様は童女のようだが彼女は成熟した女人だ。ただ、外見が幼く見えるのでその仕草に違和感はない。

「お仕事ご苦労様です」

「名前ちゃんこそいつも偉いね」

薬草を煎じる手を止めずに招き入れた。草鞋を脱いで部屋に上がり、手元を覗き込んでくる。単調作業だが彼女は見てて飽きることがないらしく、自分は集中してしまうのでそのままの何刻も経ってしまうことが多々あった。

「私がお父にしてあげられるのはこれぐらいだから…」

「名前ちゃんはそれで良いの。お父さんの病気を治すのは俺の役目だよ。薬師なんだからね」

「それもそうですね」

「でしょ?」

顔を見合わせれば自然と笑みが零れる。仮の姿を身に纏い、この村に潜り込んでかれこれ一ヶ月。誰も俺を疑っていない。絶対的な信頼を置かれている。その尤もたるが彼女だった。

山の麓にある小さな村。まったく、ってわけではないが他の所に比べたら争いに巻き込まれることが少なく、そこそこ平和だった。彼女は病気がちな父親を支えながら野良仕事も家のことも一人でこなすしっかり者だ。誰にでも好かれて俺にも優しい。村人も何処から来たかもわからない俺を受け入れ、寝床を与えてくれた優しい人達だ。

彼らはそれが徒になると知りもしない。

「そうそう。もうすぐ桜が咲きそうですよ」

「え、もうそんな季節だっけ?」

「はい。咲いたら一緒に見に行きましょうね」

笑ってそれからすぐにお父も、と付け足しそれでも足りなかったのか。次々と村人の名前を上げている。全村民の名を言わない限り満足しそうにない。一生懸命になっていて俺が是の返事をしないことに気付かなかった。

根付いていた雪も春の日だまりによって溶けた。もうすぐ可憐な薄桃色の花が咲くだろう。その頃すでに俺の姿はない。いや、下手するとこの村の存在自体消えてる可能性もある。

ここは間違いなく戦場になる。武田とこの国の領主による合戦だ。長年敵対した間柄、ようやく決着がつく。敵は戦況を有利に運ぶため地の利を生かしたここを選んだ。事前に部下を忍び込ませて仕入れた確かな情報だ。そう知りながらも武田はあえてここまで出ばってくる。勿論、下調べをしないわけがない。だから俺がここにいるのだ。地元の人間しか知らない抜け道まで知るため、わざわざ流れ者の薬師なんて演じている。

「みんな佐助さんには感謝してるんですよ」

「そう?」

「はい。佐助さんのおかげで病気になっても怪我を負っても安心だ、って」

「こらこら。安心する前に病気とか怪我とかしないよう心がけるのが第一だろ」

「はーい、わかってまーす」

片手をパッと上げたのが視界に入り込む。元気よく返事をする彼女は始終ニコニコしている。

流れ込んでくる好意を遮断する。耳を通り脳に辿り着く言葉をただの音と認識、そこに込められてる感情は無視して意味だけを理解し、処理。適当な答えを弾き出しては返す。

人間じゃない、人間がこんな風になれるわけがない。だけど、俺はそれが出来るし、やらなければならない。人を人と思いながらこなせるような仕事ではないから。

「これで完成、はい」

煎じた薬を渡す時に指先と指先が触れた。一秒にも満たなかったのに、確かに伝わってくるのは温もりだった。彼女は受け取ると薬袋を胸元でキュッと抱きしめた。愛おしげな、優し表情。嗚呼、やはり彼女も立派な女だ。

佐助さんありがとう、といつもと同じようにしっかりとお礼を言って、草鞋を引っかけてそのまま帰る。と、ばかり思っていたら敷居を越える一歩手前で止まって振り向いた。陽を背負ったせいで顔は陰に塗りつぶされてる。

「佐助さんはこの村が好きですか?」

「うん。好きだよ」

「私も。いつ戦火に追われるかわからないし年貢も大変だけど………この村が好きです。みんな温かいし、流れる時間は優しいの。今は前よりずっと好き            

佐助さんがいるから」



顔はよく見えなかったが声音に乗せられていたので照れていることがわかった。それを隠すように必要以上の声量でまた来ます!!!と、言葉半ばに身を翻し走り去った。

彼女がいなくなった薄暗い部屋。外の音は聞こえず静寂が満たす中、静かに、冷静に、意味を確認するためだけにその言葉を反芻させる。


「あは。はは、あははははははっ!!!


そのうつくしさと清らかさに吐き気がして、乾いた笑い声がひとりでに転がり落ちた


莫迦な女。もうすぐこの村は血に染まるのに。俺は死を運ぶ者、そんな人間に心傾けてどうするつもりだ。

胸に渦巻まいていたものが引いて無になった。彼女に教えたらみんなで逃げようと言うだろう。村人が一気に消えたらあの疑り深い領主の事だ、城に籠もってしまう。力責めというのは殊更兵力を失う。機を逃すわけにはいかない。

どうせなら彼女だけでも逃がそうか。納得しないのであれば無理矢理攫ってしまえばいい。俺にはそれだけの力がある。そうして残されるのは深い絶望だけど。いっそうの事、他の薄汚れた人間に殺されてしまう前に俺が…その方が救いがあるはず。

愛した村や人々が恐怖と絶望の中で果つる様を見る前に一思いに………





やめた。こんなくだらないこと考えても仕方がない。俺の命は武田の物。それ以外に何がある。



春の匂いをのせた風が室内に滑り込んで格子窓から抜けていく。僅かに感じることが出来る日光はこの季節独特の柔らかさを含んでいた。

ふと思った。桜というのは根本に骸が埋まっていてその血を養分に美しく咲くそうだ。ならばこれから多くの血が大地に染み込むこの村の桜は、他のどこよりも綺麗に咲くのだろう。





散りゆく桜
(哀しい、なんて思っちゃ駄目だ)










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忍と人間の狭間で揺れ動く佐助です。夢主の名前を心の中では呼ばないのは無意識の表れで、佐助も非情になれきれない部分もあるんじゃないかなと。



お題Paradox様
曝け出した10の狂気より
「そのうつくしさと清らかさに吐き気がして、乾いた笑い声がひとりでに転がり落ちた」使用




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