負けたくなかった。戦に敗れた末に人質として出されたけど、だからといって心まで屈したくはなかった。その気持ちが態度にでていたのだろう。伊達家の者は私を見ると一様に眉を潜めた。人質のくせに生意気だと思ったに違いない。竜の右目に至っては般若のような顔をしていたけど、とうの本人、伊達政宗だけは気分を害した様子もなく、ただ苦笑していた。あんたは気が強いな、と。











ふと目が覚めた。真っ暗で何も見えない室内に、未だ目を閉じているのではないかと錯覚を起こしそうになる。

「――――っ、ぁ」

目覚めの原因は喉の乾きだった。水が飲みたくて誰か呼ぼうとしたが喉が張り付いて声が出ない。ならば自ら水を取りに行こうと思い立つが動けない。まるで金縛りにあっているようだ。どうしたことか。火がついたように身体が熱い。………そうだ、風邪を引たんだった。高熱のせいか、記憶があやふやになっている。

寝込んでからすでに三日は経っている。その間、まともに食事をとっていない。辛うじて水は飲んでいるが、薬湯もたいして効かず熱のせいで体力は奪われていく。精神的に参っているのだろう、と夢現の中で誰かが言っていたのを聞いた。確かに、奥州に来てから心休まる日なんて一日たりとてなかった。始終気を張っていたから身体が限界を越えたのだろう。優しくしてくれた人もいたけど、素直になれずにいる。

苗字の姫は軟弱だと笑い者にされる。早く治さねば、と思うけど、どうしても挫けてしまう。考えてしまうのだ。もしもこれが故郷であれば、父上は精がつくものを見舞いの品をくださり、母上はずっとお側にいてくださるだろう。甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる馴染みの待女達が恋しい。しかし、ここは故郷ではない。安心して心を預けられる人はいないのだ。

「と、さま、かさ、ま…」

掠れてほとんど出ない声で両親を呼ぶと、唐突に襖が開いた。人が立っているが父上や母上なわけがない。ぼんやり、闇夜に輪郭だけが浮かび上がって誰なのか判別かつかない。様子を見にきた侍女だろうか。それにしては背が高いし、体格もしっかりしている。殿方のようだけど、だとしたら一体誰なんだろう。こんな夜更けに来るなんておかしい。嫌でも悪いことを考えてしまう。何かされても碌に抵抗も出来なければ助けさえも呼べない。

影は襖を閉めて枕元へと移動してきた。暫くの間、私を見下ろしてから座った。影が腕を伸ばす。近づいてくる指先が怖くて固く目を瞑った。大きな掌が熱を発する額を覆う。ひんやりとしていて心地好さを感じる。もう片方の手が掛け布の中に滑り込んできて私の手に重なった。それ以上の動きはない。

誰なのか何の目的かもわからないけど、この人は私に危害を加えるつもりはないようだ。警戒心が薄れていく。それどころか久方ぶりに感じる人肌に安堵を覚えてしまう。眠気まで襲ってきた。

「    」

何と言っていたかはわからないけど、うつらうつらとしながら聞いた声は優しかった。嗚呼、この方は私のことを心配してくださってるのか。敵ばかりだと思っていたこの地に、私を気にかけてくれる人がいるのだと思うと心が軽くなった。

もう寝てしまおうと目を瞑る。その際、少しだけ流れた涙もこの暗がりなら気づかれないだろう。










伊達様が様子を見にきたのは私が快癒してからだった。見舞いの品を持参してわざわざ私の部屋まで来てくださった。自ら会いに来るとは珍しい。伊達様は私を蔑ろにしないが、だからといって積極的に関わってくることもない。見かければ話しかるが深くは立ち入らず二、三会話を交わして立ち去る。そうやって適度な距離を保っていた。因みに私は人質でありながら伊達様に敵意丸出しで接している。

「風邪引いたって聞いたぜ。調子はどうだ?」

「お陰様で全快でございます」

「That is good to hear!!(そりゃよかった!!)なかなか治らないから心配したんだぜ」

伊達様の話しを半分に聞きながらあの夜のことを思い出す。あれは誰だったのだろう、と始終考えた結果、一つの可能性が生まれた。まさかと思う。だけどあり得るのはそれしかない。

「伊達様。失礼ですがお手をかしていただけますか?」

「はっ?」

「ですから、お手を貸してください」

「急に何だよ」

「失礼します」

めんどくさくなって強引に手をとる。両手で包み込み感触を確かめる。掌は豆が出来ており、固くなっていた。指は長いが骨格はしっかりしている。体温は高め。ああ、やはり。触れることによって確信を得た。ゆっくりと手を離すと伊達様は面食らっている。

「先日、風邪を引いた私の元に訪れた方がいらっしゃいます」

「へ…へぇー。そうか」

「誰かは私にもわかりませぬ。なんせそのお方は夜の夜中に来たのですから。どうやら常識というものを持ち合わせていないようでして、ただでさえ病で気が滅入っているのに許可もなく勝手に入ってきた挙げ句、名も名乗らないので大変恐い思いをしました。それに気味が悪うございました」

「Ah…」

あの伊達様が目線を泳がせ何か言いたげに口をもごもごさせている。仮に侵入者であれば大問題である。例えそれが家人であったとしても夜の夜中に人質の、女子の部屋に忍び込むなど言語道断だ。なのに伊達様が何も言わないのは、やはり………伊達政宗という男は案外わかりやすい。

「ですが感謝しております」

「感謝?」

「その方は私に危害を加えたわけでもありませんし、純粋に心配してくださったようです。人質である私を案じてくださる方がいる。そのことがどれ程私の心を慰めてくれたでしょう。これ以上ご心配をおかけしないためにも早く治さねばと思えたのです」

「………」

「貴方様のおかげで病を癒すことが出来ました。本当にありがとうございます、とお伝えしたいのですが伊達様の心当たりがないのであれは仕方がありませんね」

暫しの沈黙。気恥ずかしくなって顔を伏せる。伊達様の反応が気になったのでちらっと視線を遣って絶句してしまった。

「良かったな」

強張っていたお顔が解けて柔く笑んでいた。始めて見るその表情に心の臓が大きく脈打って頬が熱くなる。これは、何かの間違いだ。きっと風邪をぶり返したのだ、そうに違いない。自らに言い聞かせそっと目を逸らした。







優しさに包まれて
(解かれるは頑なな心)










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人質シリーズ(?)第二弾は伊達さんです。あまり勝気な夢主は書かないので新鮮です。



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