声をかけても返事はなかったが気配を感じて名前は部屋へ入る。部屋の主、三成は文机の前に鎮座している。書き物や読み物をしているわけではなくただじっと座っていた。人一倍気配に聡いんだから、この部屋に入る前から名前の存在に気づいていたはずだ。だか、三成は名前などいないかのように振る舞う。名前は構わず三成の傍らに膝をついた。

「お願いがあってきました」

「………何だ」

「私は、何があっても貴方を裏切りません。貴方を裏切るぐらいなら死を選びます」

「死ぬことは許さない」

その時になって漸く三成は名前を見た。月を思わせる琥珀色の瞳が細まって剣呑さを漂わせる。しかし、名前には何かに怯えているようにも見えた。

「何度でも誓います。私は貴方をおいて死んだりはしません。ですから貴方も誓ってください。私を、一人にはしないと」

怯えているというのであればそれは名前も同じだ。秀吉や半兵衛は亡くなり、家康は遠くへ去った。もう己に残されているのは吉継と三成のみである。彼らまで失ってしまったらどうすればいいんだろう。

「何をそんなに不安がる」

「貴方が恐れるものと同じです」

「私が?」

「はい。私は貴方を失うことを恐れているのです」

「………」

「お願いします。どうか一人にしないでください」

「そんな不安は無用の物だ。私は…貴様を一人にはしない」

三成は名前の後ろ髪に手を差し込み、そのまま己の胸板に押し付けた。

三成は嘘や偽りを嫌う。その三成が一人にしないと言ったのだから一人ぼっちにはならない。何も不安がることはない。自分はただ信じて待ってればいい。そう己に言い聞かせて名前は三成の背中に腕を回した。三成の言葉が名前にとっては全てだった。











白装束を着て茣蓙の上に正座をしている男は憐憫と侮蔑が混ざる視線を一身に受けながらも背筋を正して前だけを見据えている。その堂々とした姿は神々しくもあった。

その時を刻々と待つ男は見物客の中にある者を見つけた。男は一瞬、目を見開くがすぐに無表情になった。

言い残すことはないか、と問われた男は首を振る。代わりについっ、と視線を遠くに遣った。ただ一点を見続けた男は満足したのか自ら首を差し出した。

床几に座っている男は束の間目を伏せてから合図を送った。刀を持った兵士が狙いを定め、大きく振りかぶると白い首筋にむかって刃を降り下ろした。パッと紅が散り、六条ヶ原の清き水を染めあげる。

ざわり、観衆が騒つく。柵にしがみついて一部始終を見ていた女は、誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。



「うそつき」



一人にしないって言ったじゃない。





嘘に沈む人










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お題、レイラの初恋様より
「嘘に沈む人」使用



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