共通していたのはどちらも世界を知らないこと、違ったのはそれぞれの理由。彼は自ら世界を拒絶し、彼女は無理矢理閉ざされた。





「調子はどうだい梵天丸」

「まあまあだな」

白すぎる肌に纏うは上等な布から出来た着物だ。そこから覗くほっそりとした指が傍らにあった鞠を弾くが、たいして転がることもなく止まった。すでに元服を済ませ初陣も果たしている政宗を名前は今でも幼名で呼ぶ。そのことを何度か注意したが改める様子がないので政宗は諦めた。

「私は相変わらずだ」

「みたいだな」

「ははっ。梵天丸だって前は一歩も出ずに引きこもっていたのになぁ」

目を細めてからかうような仕草も梵天丸と呼ぶ鈴のような声も昔と同じで名前は何一つとして変わっていない。それは彼女を取り巻く環境さえもだ。

政宗と名前は似た者同士だった。病気を患い生死をさ迷った末に右目を失った政宗は最愛たる母親や周囲に嫌われたが故に自ら世界を拒絶し殻に閉じこもった。それに対して名前は一人娘ということもあって大変可愛がられた。ただ、彼女の母親が彼女を腹の中に宿した時、夢の中に出てきた僧がこう予言した。

『腹の中の女児は災厄に見舞われ死せるであろう』

大事な一人娘を失うことを恐れた二親はあらゆる災厄から娘を守るために屋敷に閉じ込めることにした。名前の両親が名前の世界を奪ったのだ。外に出れない彼女に両親は様々な物を与えた。欲しいと名前が言わなくても与えた。名前は思う。ドロドロに甘やかされ何時しか自分も溶けて消えてしまうのではないか、私を殺すのは『外側』ではなく『内側』なのではないか、と。

世界を自ら拒絶した政宗と無理矢理閉ざされた名前。果たして、どちらが不幸なのか…それは本人達ですらわからない。

「俺は変わったんだよ」

「確かにな。最近の梵天丸は楽しそうだ」

「そうか?」

「あぁ、とても。なぁ、私の言った通りだったろ?」

得意気に笑う名前に政宗は思い返す。あれは初めて名前と会った日、眼帯ではなく包帯を巻いていた頃の話しだ。



「お前が思うより優しいさ」



怯えて目を伏せるのではなくてちゃんと見てごらん。片方しかなくても、いや。逆に片方しかないから見えるものだってあるはずだ。大丈夫、梵天丸が思うよりずっと、この世は優しく出来ているよ。

「そうだな。お前の言う通りだった」

「私の言うことに間違いなんてないよ」

「調子にのるな」

「ふふ………昔みたいに文でもいい。今の梵天丸は忙しいだろ?だから、無理して会いに来なくてもいいんだ」

「嫌味か?」

「そう聞こえたか?」

「いや」

「なら言うな」

ほけほけと笑いながら鞠を引き寄せて掌で転がしている。誰にたいしても飄々とした態度をとる名前だがそれが本心を隠すためということを政宗は知っていた。

「こんなところで一生を終えるのか?」

「いきなりだな」

「いいから答えろ」

「………父上と母上には逆らえまい。あの人達が私を嫌っているならまだしも、愛されてるが故の行動なのだから。恨むことは出来ないよ」

「それでいいのかよ」

「どうだろうね」

政宗から逸らした目線は襖へと向けられた。名前が見たいのは光の溢れる世界だ。けど、けして届かないとその目は諦めきっていた。

「お前の両親を納得させたらお前は自由になれるな」

「そうだが…私にはその術はないよ」

「なら、俺がやってやるよ」

「え?」

「今はまだ無理だが、俺がもっともっと強くなって、ありとあらゆる災厄からを守れようになったらお前をここから連れ出してやる」

世界は優しかった。それを教えてくれたお前が世界を知らないなんておかしな話しじゃないか。見せたい物が山ほどある、一緒に見たい物が沢山あるから、いつか必ずここから連れ出すよ。

約束するから諦めないでくれ。

手を伸ばし頬に触れた。指先で撫でると名前は淡く微笑みながら呟いた。待ってるよ、と。










乱世と呼ばれている時代にも平和な時間がある。その貴重な時間を各々自由に使っていた。政宗も自室前の縁側に座って穏やかな一時を過ごしている。その手の中には一通の文があった。

顔を上げた政宗は枝にとまっている雲雀を見つける。雲雀ひとしきり鳴いた後、高い空へと羽ばたいた。

「鳥は自由…だな」

名前には最後まで自由がなかった。間に合わなかったのだ。乱心を起こした下男によって家人は皆殺しにされた。彼女の両親が必死になって外の世界を遮断していたというのに、結局は身内によって命を奪われたのだから皮肉である。

「教えてやりたかった…」

青い空、白い雲。柔らかな陽光に頬を撫でる風。そして奥州に住まう人々の笑顔。政宗が愛し、名前が知りえなかった世界は今日も変わらずそこにある。

眩しすぎる世界から目を逸らしてもう一度文を読む。





万が一の時のために残しておきます。連れ出してやると、貴方がそう言ってくれたから、私は最後まで希望を持って生きることが出来ました。感謝しております政宗殿。






(最後に約束を破る私をお許しください)





かた苦しい文に鼻で笑ってやった。お許しください、って馬鹿だろう。約束を守れなかったのは俺の方だというのに。











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大本は出来ていたけど細かいところが気に入らなくて何度も書き直した小説です。難産でした。伊達さん書くと高確率で死ネタで申し訳ない…。



お題、Carpe diem.様より
「追伸、願わくば(最後に約束を破る私をお許しください)」使用



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