誰が何を言おうとも私はじい様が大好きで、じい様の願いはどんなことだって叶えてあげたい。だから、人質として出されることも辛くはない。





室は寂寞を感じるような広さでもなく、息苦しさを感じるような狭さでもなく、一人で使うには適度であった。日当たりもよいので障子戸を全開にすれば日光が燦々と降り注ぐ。人質である私にこのような良い部屋を与えてくださる徳川様は、噂に違わぬ好青年なのだろう。信頼に値する人物だから、じい様は私を人質として差し出したのだ。

そう、じい様。じい様のため、私はここに来た。与えられた役目を果たし北条家再興の手助けとならなければ。徳川様はもうすぐこの部屋を訪れるだろう。お会いする前に心の準備しておこう………としたけど、

「失礼する」

それよりも先に障子戸が開いて徳川様がお姿を現した。徳川様は中に入らずに、固まった私をまじまじと見つめている。黙したまま凝視する徳川様に居心地が悪くなってきた。さりとて、こちらからお声をかけるわけにもいかず、徳川様を見つめ返す。精悍な顔つきをしているな、と半ば現実逃避をしていると、不意に徳川様は身体を反転させて叫んだ。

「萩乃ーーー!!噂以上に可愛らしい姫様(ひいさま)だ!!」

ですから、萩乃は何度もそう申しあげましたよ!!と、遠くから女人が叫び返している。私をこの部屋に案内してくれた老婆の声だった。本当に可愛らしいな!!えぇ、ほんに可愛らしゅうございます!!と、軽快な会話が交わされる。突然の行動に吃驚したが、それ以上に驚いたのは一国の主と一介の女中が気さくに話していることだった。

「すまない。北条の姫は愛くるしいと聞いていたが予想以上だったからつい」

萩乃殿(と言うらしい)と話し終えた徳川様は入室すると正面に座った。呆けていた私に気付くと臆面もなく言うので顔に熱が集まる。そいえばさっきも…徳川様と萩野殿の会話の内容を思い出して余計に頬が熱くなった。

「わしが徳川家康だ。お前の名前は?」

「も、申し遅れました。北条氏政の孫であります名前と申します」

「名前か。遠路遥々、ご苦労だったな。用事さえなければわしが忠勝で迎えに行ったんだがな」

「そんな!!徳川様直々にお出迎えいただくなど恐れ多くございます」

「ふふ。そう緊張しなくていい。徳川だと余所余所しいから家康と呼んでくれ」

にかっ、と笑う徳川様…いえ、家康様は気さくというより人懐っこい。こうも親しげに接せられると己の立場を忘れそうになる。

「そもそもな、わしは人質などいらないと何度も言ったんだ。北条殿とわしは絆で結ばれているのだからな」

なのに、お前の祖父ときたら人の話を聞かない、と馬鹿にするでも揶揄するでもなく、少し呆れながらもその声音は柔らかいものであった。

「申し訳ございません。祖父は一度言い出したらきかないもので」

「知っているとも。頑固でお調子者なところもあるが、北条殿の意志の強さと行動力は見習うべきものだ」

「………っ」

家康様が、じい様を褒めてくださった。ただそれだけのことなのに胸が詰まった。

皆が皆、北条家再興のために奔走するじい様を過去の栄光に縋り付く哀れな老人と嘲笑う。確かにじい様は昔の名声を忘れられずにいるけど、それだけではない。ご先祖様が苦労して築き上げたものを、残してくれたものを守ろうとしている。己に力がないせいで北条の家や民の笑顔を失うかもしれない、そんな苦悩だって抱えている。

誰もじい様を認めてくれないことが悲しくて悔しかった。だからこそ、じい様を肯定してくださった家康様のお言葉が心にしみた。

「ありがとうございます…」

「礼などいらない。よく来てくれたな、名前。歓迎しよう」

家康様が手を差し出す。優しげな笑みに促されおずおずと握ればとても温かかった。不安や寂しさが溶けていく。



「ワシは時勢が徳川殿に流れていると思ったから東軍に味方したがそれだけではないぞ。徳川殿は太陽のような方でな、その温かさに自然と惹かれたんぢゃ。徳川殿はお主をも照らしてくれるだろう。だから何も心配することはない」



じい様がそう言っていたのを思い出した。えぇ、じい様、本当ですね。家康様は太陽のように温かい方ですよ。





陽射しの微笑み
(ああ、温かいね)










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続くよ!!ふわふわした可愛いお話しにしたいです。ちなみに、人質設定の伊達さんバージョンも書いてます。

お題、群青三メートル手前様より
「陽射しの微笑み」使用



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