私達は夫婦と呼ぶにはあまりにもお粗末だった。





秀吉様の勧めで三成様と添い遂げてから早三年。その間、三成様が屋敷に戻られることはほとんどなく、大阪城に詰めっぱなしだった。たまに帰ってきても碌に会話もしない。そもそも、三成様には夫婦であろうという気がない。秀吉様のためになるなら、と娶っただけで所詮私は政事の道具でしかなかった。

「秀吉様が、家康に、殺された!!」

二月ぶりに戻ってきた三成様は秀吉様が亡くなったという凶報をもたらした。家康を殺す、と鬼になった三成様は我が夫ながら恐ろしい。休息も取らずに大阪城へ戻り、家康様を討つために進軍を開始した。こうなれば三成様は目先のことしか見えなくなる。私は置いてけぼりだ。秀吉様が亡くなって世が大きくうねりだしたというのに私の生活は何も変わらない。いつものようにひたすら待つだけであった。

変わらぬ日々を過ごしていたある日、三成様がお帰りになった。突然の帰参に家人は大騒ぎとなったが、私はひたすら驚いた。東軍との決戦を目前にして戻られるなんて余程のことがあったに違いない、と色々と勘ぐったりもした。

「決戦前に倒れられたら話しにならない、とにもかくにも休め、何もするなと刑部に言われたので戻ってきた。私は暫く休む。貴様は傍にいろ」

大谷様のお言葉を律儀に守って何もしなかった。何故か私を傍に置き、私達は共にあった。庭を眺めたり、散歩をしたり、ぽつりぽつりと会話をしたり。そんな風に一日を過ごし同じ部屋で眠りにつく。私も三成様も口下手なために沈黙が続いたが、居心地の悪さはない。三成様は無表情であるため何を考えているかはわからないが、苛烈さは成りを潜め、穏やかささえ感じた。

今まで二人で過ごすことなどなかった。だからこそ最初は戸惑ったが、次第に喜びを感じるようになった。私は三成様の妻でありたかったのだ。お飾りの妻でなく三成様に寄り添う妻でありたかった。初めて自分の本心に気づいた。そしてそれが少しだけ叶ったように思えた。



「おやすみなさいませ三成様」

「…早く寝ろ」



そんな日々を三度繰り返し四日目の朝、三成様は出陣する。

空の大半は群青色であるが彼方は白み始めていた。三成様に続いて外へ出る。鎧を纏った三成様は触れれば斬られてしまいそうなほどに鋭い。殺気立つ三成様に怯えて家の者達は屋敷の奧に引っ込んでいる。しかし私はこの方の妻、夫を見送る義務がある。背を向けたままの三成様に頭を垂れた。

「三成様が留守の間お家は私が守ります故、ご安心ください。ご武運をお祈りしております」

聞いているのか、いないのか。何も言わずに三成様は一歩を踏み出す。嗚呼、このまま去ってしまうのか。まるで昨夜までの日々は幻であったかのよう。常と変わらない夫に淡い期待は弾ける。しかし五歩ほど進んだところで三成様は立ち止まった。いつもはさっさと行ってしまうのに、途中で止まられるなど幾度もなく見送ったが初めてだ。

お声をかけずにいると三成様はゆっくりと振り向き、両手を広げた。



「来い」



―――それは、その腕の中に飛び込めということだろうか。

理解は出来ても実行は出来ずにいると三成様は自ら近づき、私を抱き締めた。

「三成様…」

「黙れ」

力を込めたり緩めたりを繰り返し、苦しくない程度の抱擁となった。線が細い三成様とて殿方であり私を包み込むことぐらい造作もない。すっぽりと覆われ、揺れる銀糸も静かな呼吸も間近にある。どうすればいいかわからなくてされるがままになっていた。

「貴様はこんなに………」

三成様は言い淀んで、結局は口を噤んだ。腕を解いて距離をとる。何かに耐えるような、切なげな表情をされていた。どうしてそんな表情をされているのか皆目見当もつかない。三成様は私の額に籠手に包まれた掌を当てそのまま前髪を押し上げた。ふっ、と近づいてきたお顔に目を見開く。瞬間、唇が落とされた。柔らかい感触はすぐに遠退き、そして再び抱き締められる。

例え形だけにしろ私達は夫婦だ。褥をともにすることもあったけどそれだって形式的な物で虚しさしかなかった。でも、今のは違う。抱擁と額への接吻だけなのに何かが流れ込んでくる。それは心が伴っているから、三成様が私を見ているから。

―――――秀吉様を、家康様を追って走り続け、前しか見ていなかった三成様が歩みを止めて振り向いた。そうして漸く、私を見つけてくださったのだ。

「行ってくる」

三成様は手を放すと踵を返した。今度こそ振り向かずに昇り始めた太陽に向かって歩んで行く。甲冑や銀糸が朝日を浴びて煌めいた。まるで三成様自身が輝いているようで眩しさに目を細める。進み続ける背は最後、光に溶け込むように消えた。

三成様が見えなくなっても私はその場から動けなかった。突っ立ったまま、三成様のお姿を思い出す。凛としながらもどこか儚げに見える後ろ姿。

武人から夫へ、夫から武人になった三成様が全てを終えた後、再び夫へと戻って私達が寄り添うことはあるのだろうか。わからない、わからない。けど、優しい日々も不器用な抱擁も、もう二度と与えてはもらえない………そんな気がした。





振り向かないひとの一度きり
(思えば、私はあなたの背ばかりを見ておりました)










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企画サイトmeme様に提出しました。これは三成視点を書かないと三成の心情がまったくわかりませんね。近々執筆したいと思います。

最後に、素敵な企画に参加させていただきありがとうございました。




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