女の私より非力で、弱くて泣き虫で姫和子と呼ばれた男の子。跡目だというのに女の格好をして引きこもる彼を誰もが蔑んだけど、私は私を頼りにして引っ付いてくる弥三郎が好きだった。弥三郎が誰かの心ない言葉で傷ついたり悲しんだりするのを見たくなくて、守ってあげなきゃ、と強く思った。その想いは今でも変わってない。なのに、当の本人、弥三郎自身が変わってしまった。
不自然に海が凪ぐ。まるで嵐の前の静けさのようだ。海もわかっているのかもしれない。明日になれば豊臣の船によって覆い尽くされることを。
眉間に皺を作り、城から見下ろせる海を睨んでいるのは元親だった。普段の豪放磊落な彼から想像出来ない険しさ。不安にさせるから部下の前では絶対しない表情だ。
「元親」
「おう。起きてたのか?」
「眠れなくて」
「そうか。俺もだ」
私に気付くと表情が和らぐ。そこにいるのは私が知ってる元親なのに、こんなにも胸が痛むのは元親が遠い人になったからだ。私は何にも、あの頃から何にも変わってないのに、元親は立派になって今では四国を束ねるほどの存在になった。
「弥三郎…」
「バァカ、俺はもう弥三郎じゃねぇよ」
安心させるように、何かをごまかすようにクシャリと髪の毛掻き乱す。おかしいな、頭撫でるのは私の役目だったのに。いつの間に代わってしまったの?
「大丈夫、だよね?」
「勿論だ。心配するんじゃねぇよ」
ほら、もう寝るぞ、と私の手を引く。部屋に戻っても繋いだ手は放れずに眠れないまま一夜を明かすのだろう。これは昔と変わらない。違うのは朝になったら元親は戦場へ行く、私を置いて。
元親が、死んでしまうかもしれない。そうでなくてもいつか私を置いて遠くへ行ってしまうかもしれない。そんな不安が渦巻いて、まるで底が知れない深海のようだ。
緩く繋がれた手にほんの少し、気付かれない程度に力を込めた。なのに元親は手を握り返してくるから、私は泣きたくなってしまった。
名前ちゃん、と泣きながら私の手に縋っていたあの子はどこに行ってしまったのだろう。
なんで、私の知らない顔して、いっちゃうの
(知らない人にならないで)(おいて、いかないで)
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お題、葬星様より
「なんで、私の知らない顔して、いっちゃうの
(知らない人にならないで)(おいて、いかないで) 」使用