「…………」

「…………」

ここのところ、小十郎は己を見つめてくる視線に悩まされていた。その視線はある人物がいる時に限り感じる。

「名前」

「はい」

「何か用か?」

「相変わらずの厳ついお顔ですね」

「「「!!!!!」」」

その言葉に反応したのは周りを固めていた部下達だ。小十郎にそんな恐ろしいことを言えるのは主の政宗だけだと思っていた。しかし、彼女も普段であれば今みたいな暴言は吐かない。頭の中が他のことでいっぱいなためポロリと本心が零れたのである。

「テメェ喧嘩売ってんのか?」

「いえ、嘘です。間違えました。それでは!!」

とんでもないことをしでかしたと気づいたのか。それはそれは見事な走りっぷりで名前は逃げた。勿論、小十郎に止める隙は与えない。

「ははっ!Niceな走りっぷりだな!!」

「政宗様」

奥の方で事を静観していた政宗が小十郎の隣に腰を下ろした。至極愉快そうで楽しんでいるように見える。

「小十郎、名前を怒らせるようなことでもしたか」

「しておりません」

ありとあらゆる記憶を掘り起こしても、とにかく考えてみても小十郎には覚えがなかった。第一、怒っているなら顔も見たくないと名前は避けるだろう。どちらかというとあれは何かを訴えかける目だった。

「ま、何でもいいがさっさと仲直りしろよ」

だから喧嘩でも何でもございません。と、弁明しても政宗は聞いてくれそうにない。










どうしよう、どうしようと悩んでいても行動に移さなければ解決しない。そんなことは重々承知だが、それでも悩んでしまうのは立ちはだかる壁があまりにも高いから。

今日も駄目だった、と名前は自室で肩を落とす。ここ数日、何度も言おうとチャレジしているのだが何と言われるが恐くて直前になると逃げてしまう。それを繰り返していた。そのうち様子がおかしいと思われるだろう。実際はすでに思われていることを名前は知らない。

このまま時が過ぎれば、言わなくてもばれてしまう。

己の下腹あたりをゆっくり撫でる。実感はないがこうしてるだけでも愛しさが込み上げる。

「喉乾いた」

水でも飲みに行こう、と立ち上がる。これからは自重しなければ…この体は自分一人だけの物ではないのだから。










何て間が悪い。この一言に尽きる。水を飲むためにはここを…小十郎の部屋の前を通らなければならない。角からそっと覗いてみれば庭で鍛錬してる姿が見えた。

喉の乾きは潤したい…けど、どーしても逢いたくない。ならば我慢するしかない。でも、我慢とか体に負担をかけるようなことよくない…駄目だ。何があっても無理。仕方がない今回は、がま「何してんだテメェわ」

「おわー!!」

咄嗟に逃げようとしたが上手くいかず、背後から腰のあたりをガッチリと掴まれてしまった。恐る恐る首だけ動かせば、地獄の閻魔様より恐ろしいと噂の小十郎がそこにいる。少々開け気味の襟もとから伝う汗がなんとも色っぽい。

「なな、何で…?」

「お前の気配ぐらいすぐにわかる」

一般人ならいざ知らず、相手は『竜の右目』である。分が悪いとかそんな次元の話しではなく、最初から勝負になっていなかった。強制的に向かい合わせにさせられると閻魔、もとい小十郎の顔が近づく。色んな意味で心臓に悪い。

「あの、離してくれませんか?」

「駄目だ。また逃げるだろう」

「じゃ、じゃどうすれば…?」

「お前。俺に言いたいことがあんだろ?」

いきなり核心に触れられ瞠目する名前を小十郎が見逃すはずない。沈黙が肌を刺す。縁側にいるので名前の方が小十郎より背が高くなり、見下ろす形になっているのに何だろう、この威圧感は。見上げてくる小十郎の視線が全て吐け、と責めてくる。絶体絶命だ。

「何のことですか!?」

声が裏返ったが、それでも名前は知らぬ存ぜぬを貫き通す。例え小十郎の眉が不機嫌そうについっと上がっても、腰にまわった手の力が強くなっても。というか、腹部付近を圧迫するのはやめてほしい。

「まだシラをきるかテメェは…」

「いや、だから何にも「言え」

「ですから、何のこと「吐け」

「お願いですから私の言うこと聞「吐けっつってんだろうが」

「………はい」

小十郎の背後に地獄が見えた気がした。こうなれば政宗すら逆らえない。この状態の小十郎を突っぱねるられる人物が居たならば、是非とも会ってみたい。

「そ、そんな小十郎様…」

「怒ったりしないから言ってみろ」

いつもより優しい小十郎に落ち着いてきた。覚悟…なんて決まっていないがここまできたらやけくそだ。小十郎を信じ、名前は話しだす。

「あのですねっ!!」

「あぁ」

「や………でき………」

「あ?」

「やや子が出来ました」

「………誰の」

「小十郎様の」


「「………」」


思わず確認してしまうほどの衝撃発言だった。小十郎は俺に怒られるような事をしたんだろう、とまったく違った予想をしていたのでその衝撃は大きい。







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