「お館様ァァァァァァァァァァ!!!!!」


普通であれば主君を呼ぶ声が大きければ何か大事でもあったのかと心配になる物だ。しかし、武田軍では師弟が叫び合うのが恒例行事となっているので動じる者はいない。この後、幸村ァァァァァァ!!!と、続き、殴り合いに発展すると誰もが思っていたが今日は違うようだ。

「お館ふごっ!?!?!?」

信玄の部屋の前を勢い余って通り過ぎる。戻ってきたか…と思えばまた通り過ぎる。ゴロゴロゴロッ!!!と聞こえてくるのでそこらを転がっているのかもしれない。

そして三度目の正直で少々ボロボロになった幸村が部屋に入ってきた。信玄の膝元に張り付く。

「お、お館様!!」

「どうした幸村」

「お聞きしたいことがございます!!」

「申してみよ」

「姫様のことですが…」

姫というのは武田信玄の愛娘、名前のこと。信玄は名前をそれはそれは溺愛している。それこそ目に入れても痛くはないほどだ。

気立てが良く、誰にでも優しい姫は家臣や兵士達は勿論のこと果てには領民からも絶大に支持されている。そんな信玄の自慢で皆に好かれている名前に幸村は惚れていた。本人は恐れ多いと淡い恋心を隠している………つもりだが、わかりやすいので隠しきれてない。

「名前がいかがした」

「……………」

今から言おうとしてることは信玄からしたら差し出がましい事かもしれない。落ち着くために幸村は目を瞑った。数秒後、何の前触れもなしにカッ!!っと目を見開いた。なかなか迫力があったがそこは信玄、動じることはなかった。そしてゆっくり、重々しく幸村が口を開いた。


「縁談の話しが舞い込んできたとお聞きいたしました」


姫も年頃である。縁談の一つや二つや三つ……いや、姫を嫁にと望む者ならごまんといるだろう。ぶっちゃければ自分が貰いたいのだが。まぁ、それは置いといて。いつもなら即行で断ってると聞くが、何故か今回は保留にしているらしい。それが幸村にとっては不思議でならなかった。

ちなみに。幸村の後ろに控えている佐助も主のように騒ぎはしないが、姫を妹みたいに可愛がっているので縁談の申し込みをした男が誰なのか密かに気になっている。

「幸村よ…」

「はっ」

「馬鹿者がァ!!!!」

瞬間、幸村の顔が信玄の拳により変形した。そのまま恐ろしいほどのスピードで飛んできたので佐助は避けた。


ごめん旦那。いくら俺様でもぶっ飛んでくる旦那を受け止めるのは無理だよ。


そんなわけで幸村は庭の池にダイブ。池は浅いので溺れることはなかったが、その分、水底に顔をぶつけて痛い思いをすることに。

「イタタタタ」

かなりの勢いでぶつかったが幸村に怪我はない。これも日々の殴り合いのおかげなのか。

しかし先ほどのお館様の馬鹿者、とはどういう意味だろう。そんなわけあるか馬鹿者、か。あるいは少し落ち着け馬鹿者、なのか?それともお前には関係ない馬鹿者、か…??最後だったら大分、いや、かなりショックだ。

水に浸かったままあれこれと考える。それよりも先に水から上がる方が先決ではなかろうか。

「逸るでない幸村ァ!!!」

「はっ…ははぁー!!!」

神々しいばかりの信玄に平伏。池の中に沈んでいる状態で平伏したので幸村の顔は水に触れてる。結果、どうなるかというと…

「プハッァ!!!はっはっ」

案の定、息が出来なくて苦しい目に遭う。学んでくれと佐助が悲しそうに呟いたのは幸村には届かなかった。幸村は池から抜け出すと、縁側で仁王立ちする信玄の前に跪いた。

「おや、おや、お館様!!」

「それは真の事じゃ」

「なんと!!して、そのお相手は??」

「奥州の小童よ」


信玄式の呼び方を変換すればこうなる。


奥州の小童=伊達政宗


瞬間、幸村が白目を剥いた。再び池の中に落ちそうになったがそこは気合いで踏ん張る。


よりによってあの男が求婚してきたのか!!!


信玄曰く、こうである。家臣であれば誰でも知っているが武田と伊達は織田や豊臣を牽制するために同盟を組んだ。同盟自体は滞りもなく無事済んだが問題は後日、奥州から送られてきた文で…中身は回りくどい事が嫌いな彼らしく短く、それでいて濃い内容だった。


貴殿の娘を同盟の証として迎えたい。


「それって人質ってことですか?」

「いや、真に名前のことを気に入ったようでのう」

数多の大名から縁談を申し込まれ、周りの評判も良い。館を訪ねた時、己の目で見て確かめたが噂通りで気に入った。ぜひ嫁に貰いたい。と、記してあるらしい。

断ったら同盟がうんぬんとそれらしい事を仄めかしてあった。勿論、これは政宗流の冗談だ。今、同盟を破棄したら甲斐だけではなく奥州も織田・豊臣の危機に晒されるのだから。

嫁にしたいのは本気でも同盟破棄が冗談なのは、信玄や佐助は理解している。しかし、幸村にそんなことがわかるはずもない。

「な、なんと!!同盟を盾に姫様を…!!!卑怯なり!!だぁぁてぇぇまぁぁさぁぁむぅぅねぇぇぇ!!!!!」

「旦那、旦那。落ち着いて」

無理だ!!!

そんな

佐助の言葉にまともな返答しているあたり冷静のようだが、実際は違う。その内容はとても穏やかな物じゃない。そして、直情型の幸村が次に起こす行動と言えば一つしかない。

「許すまじ!!」

二槍の槍だけ携えて光の如くの速さで幸村は二人の前を通過していった。その姿すでに遙か遠く。


何処へ?いや〜決まってる奥州へだ。ていうか、己の足だけで奥州へ行ったらへばるから。そんな状態で戦っても負けるに決まってるじゃん。もしかして何にも考えてない??


佐助の胸の内は大当たりである。


「何で同盟破棄は冗談って旦那には伝わらないんだろ」

「真っ直ぐな人間だからのう」


果たしてその一言で済まされる物か。



「悪いが止めてくれ」

「はーい」







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