あぁ、なんかもう凄い姫を連れてきちまった。





「すみません。これはこちらでよろしいのでしょうか?」

「おう。それはそっち、って姫さん何してんっすか!?」

「お仕事です」

「そそそそ、そんなこと俺達でやりますから座っててください!!!」

「何を言われるますか。働かざる者食うべからずですよ」

膨大な量の海図を細い腕に抱えて甲板を行ったり来たり。その後ろを部下が行ったり来たりするのでカルガモの親子のようだ。周りのやつらも転びそうな姫さんを心配して自分の仕事に身が入っていない。これでは手伝いをしているのか邪魔をしているのかよくわからない。まぁ、本人は一生懸命なんだろうがよ。

「気をつけてくださいよ」

「大丈夫です」

野郎共に混ざってちょろちょろ動き回る。思えば来た頃から性根の逞しい姫だった。

民を踏みにじり、非道の限りを尽くしている大名は宝だの銭だのしこたま溜め込んでいる、と噂で聞きつけた俺達はその城を急襲した。炎上する城の最深部に姫さんは倒れていた。周りは火の海。おまけに誰もいない

「………くそっ」

このままにしたら死んでしまうから仕様がなく船に連れ帰った。

人質だったと、目が覚めてから教えてくれた。大名はお姫さんに興味がなかったようで嫁に迎え入れることはなかった。外見もなかなかで器量もよしのお姫さんに目をつけないなんて大名の目は節穴としか思えない。

力をなくした大名のもとに人質としている意味はないし、国元に戻ればちゃんとしたとこに嫁ぐことが出来るだろう。だから、家に帰してやるつもりだったのに当の本人、姫さんがそれを拒否したのだ。

「家を出るとき、戻る場所はなきものと思えと言われました。故に帰るつもりはございません。しかし行く宛もございませぬ。だからここに置いてください。お願いします」

海賊相手に丁寧な言葉遣いで話し、深々と頭まで下げてみせたもんだから俺も含めて全員唖然となった。

「実は前々から海賊に興味があったんですよね」

最後にそう付け加えるもんだからこれは本当に大名家のお姫さんなのかと少々疑った。





「元親さん」

「終わったか?」

「はい」

海を眺めていた俺の元にパタパタと駆け寄ってきた。服装は動きやすいようにと小袖だ。城で着ていたやつは重いし動きにくい、とあれ以来着てない。袂は襷で止められており白い腕が惜しげもなく晒されている。これはあれだな、野郎共の目に毒だ。

「なぁ、姫さん」

「はい?」

「ここの居心地はどうだ?」

それはいつでも俺が気にしていることで、なかなか訊けなかったこと。この船に女は一人、お姫さんだけ。そうなるといくら根性のあるお姫さんでもちぃとは心細いだろうし、色々と不便な点も多いだろう。

成り行きといえここに連れてきたのは俺だ。ならば責任は取らないといけない。そして、ここに居る限りは楽しく過ごしてほしいのだ。野郎共は少し粗忽だけど気の良いやつらだから出来れば好いてやってほしい。

「勿論、この生活は楽しいです。皆さん親切ですよ」

「…そうか。ならいいんだ」

密かに胸をなで下ろす。悪い、なんて言われた日にはどうすりゃいいか困ってただろう。

「海賊は楽しゅうございます」

「そういえばお姫さんは海賊に憧れててたらしいが………また何でだ?」

おかしな話である。俺は海賊であることに誇りを持っているが一国の姫から見れば…まぁ、俺達など乱暴者だろう。ところがこの姫さんには憧れの対象として映ってしまったのだ。

「不思議ですか?」

「まぁな」

「この大海原を縦横無尽に自由に生きる海賊に憧れました。私は常々、海で生きてみたいと思っておりましたから」

「………」

大名の娘といえ、けして幸せなわけではない。現にこの姫さんも国のため親のため領民のために人質という犠牲になり辛い思いをしてきた。

周りの者からは人質だからとぞんざいな扱いをされ城の奥に追いやられてら一人ぼっちの寂しい日々…そんな生活でございましたと、いつか話してくれた。

「元親さん?」

勢いよく頭を撫でれば驚いたのか、きょとんとしてる。きっとこんなことをされたのも初めてなんだろう。

どんなことがあっても微塵も弱音を吐かずに一生懸命に生きているお姫さん。

大名家に生まれてきた者の宿命?戦国の世の習いだァ?そんなもん糞くらえだ。姫だからなんて関係ねェ。人が己の幸せを望んで、自由に生きたいと願って、何が悪い。悪い事なんて何もない。

「アンタにはもうしがらみがない。それにここは海だ。海に生きる者は自由なんだ。だからアンタの………名前の好きに生きればいい」

先日の一件で名前は亡き者となっているだろう。名前の両親には申し訳ないが………それでも生きてるとわかれば一番に娘の幸せを願うはず。名前の両親ならばきっとそうだ。

そして、名前が生きたいように生きれるのであれば、俺は惜しみなく力を貸してやろう。

「よろしいのですか?」

「あたりめェよ。それとアンタはもう姫じゃないんだから名前で呼んでもいいよな?」

「勿論でございまする!!」

「よし!!後はそうだな。海賊ならでかい夢を持たなきゃな。それさえあれば完璧だ」

「それならありますよ」


照たように笑い、手招きするから少し屈んでやると名前は俺の耳元でそっと呟いた。





「四国の鬼のお嫁さんです」





なら大丈夫。その夢は遠くない未来に叶えてやるから。






(は自由なを見る)








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夢主、今は箱入り娘ですが、後々アニキを尻に敷きそうです(笑)



お題、埋花様より
「鬼と姫と海と夢」使用




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