「初めましてお姫様」

一人で遊んでいたら柔和な笑顔に、不釣り合いな刀を腰に携えた同い年ぐらいの子が話しかけてきた。

「誰?」

「姫様の話相手を命じられた者です」

「あたし、こんな格好してるけどお姫様じゃ…」

「存じておりますよ」

知っているのに姫様なんて呼ぶ人は初めてだ。あたしは一応跡取りだからみんなからは若様とか弥三郎様と呼ばれている。

「なんでお姫様って呼ぶの?」

「嫌ですか?」

「嫌じゃない!!そっちのほうがいい」

「それでしたらお姫様とお呼びしましょう」

柔らかな物腰、優しい笑顔。私はすぐにこの子を大好きになった。

名は名前と言って袴をはいているから男の子かと思ったら女の子なんだって。ちょっと驚いたけどあたしも似たようなものだし、たいして気にはならなかった。

長曾我部の恥じたと言われて座敷の奥から出られなかったあたしに名前は外の世界のことを話してくれた

朝市で賑わう城下の楽しさや、黄金色に輝く田の美しさ。名前がお父上様に付いてって旅した諸国で体験した時のこと。どれもこれも私の知らない物ばかり。

「いいな〜楽しそう」

「いつか連れてって差し上げますよ」

「本当?」

「はい」

「約束だよ」

「約束です」

小指と小指を絡めて些細な約束。名前は優しくて頼りになるからあたしは甘えてばかりいた。





「名前…」

「姫様?」

半べそかきながら名前に抱きついた。どうしました?と、一生懸命に問われたので嗚咽まじりに説明した。父上様の部屋からの帰り道だった。ある部屋の前を通ったときに聞こえたのだ。

弥三郎さまはダメだ、役に立たない。姫若子は一生姫若子のままだ、と。

自分でも本当のことだと思う。この年ならもう元服して初陣したっていいのに、女の子の格好をして座敷に引っ込んでるんだから。何を言われても仕様がないけど、実際に聞いたら辛かった。

「うぇ、ひっく…」

「姫様、よくお聞きください」

体を離すとそこにはいつも以上に優しい笑顔があった。髪を梳く手が心地良くて涙は引っ込んだ。

「姫様は臆病なわけではございません。ただ誰よりも優しすぎるのです。戦に参加しないことを悪く言われるのであれば、私が姫様の代わりに戦いますよ」

「危ないよ」

「体は女なれど心は武士です。戦で散るのもまた一興ではございませんか」

「名前!!」

「はは、今のは嘘です。いつまでもしぶとく生き残って姫様をお護りいたします」

何も言えないあたしに名前は力強く、お護りしますと言って笑った。

それから名前は戦に出陣するようになった。大人に混じって武勲をあげ重宝されていた。それでも名前はかならずあたしのもとへ帰ってきたから、あたしは勘違いし続けたのだった。











死はすぐそこまで迫ってる。

不利な戦いを強いられている長曾我部軍は追いつめられ、ついに城下まで敵は殺到していた。このまま徹底交戦するなら籠城になる。しかし、勝てる見込みなど到底なかった。

城内の奥だというのに血の匂いが充満しているような錯覚に陥る。戦は嫌い。人を殺すことも自分が死ぬことも恐い。それより恐いのは大切な人が死ぬこと。不謹慎だけど父上様より名前が一番大事。


どうか無事でいてください。





「若様!!   様が!!!」










庭から一気に走り抜けてきたから草履なんて履いていなかった。敷き詰められた小石が足に食い込んで痛い。走るなんてことに慣れてなくて息が上がって苦しい。

辛くも勝利した長曾我部軍は、多くの兵士や家臣を失った。その中にあの子もいるという。そんなの信じない、絶対何かの間違えよ。

無事な人間や怪我人よりも死人が多い道をひたすら走る。走って走って辿り着いたのは、あの子の亡骸。あっちこっち傷だらけ。顔も鎧も薄汚れてしまって脇腹には真っ赤な染みを作ってた。

「見事な討ち死にでござった」

涙ぐみながら報告したこの武将はきっと名前の父親だ。常日頃から思う。討ち死のどこが立派なんだろう。生きて帰ってきてくれたほうが何倍も嬉しいのに…

膝をついて顔を覗き込み両手で頬を包んだ。もとから白い肌はさらに白く低めだった名前の体温は低いを通り越してもはや冷たい。

柔和な笑顔はどこにもない。

「名前………?」


返事もしてくれない。


たまらなかった。吸い寄せられるように紫色に変化してしまった唇に己の唇を重ねた。驚いて起きてくれるんじゃないかって童のようなことを思った。それでも目蓋は閉じられたまま、ピクリとも動かない。

「城門付近まで攻め入られて味方が撤退する中、これ以上攻められたら姫様の身に危険が及ぶと一人だけ踏み留まっておりました…援軍が来たときはもう…!!」

心も体もボロボロで耐えきれず泣き崩れた父親を兵士二人が抱えるようにして連れていった。


名前は最後まで私を護るために戦った。



あぁ、なんてこと。あたしは間違ってた。どんな格好をしたって、どんな言葉使いをしたって、あたしは男の子であの子は女の子だったもの。あたしが護ってあげなきゃいけなかったのに死なせてから気付くなんて………


ごめんね。あたし強くなるから今度はあたしが護ってあげるから。だから



目、開けて。





もう一度口付けた。それでもあたしが願った奇跡はおきなかった。





お姫様のキスじゃ王子様は目覚めないのか な
(あたしが王子様であの子がお姫様だったらよかったのかな)









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お題みてビビッと来ました。姫若子だからなせる業。

姫若子の一人称は「僕」にしようかなと思ったんですが、あえて子供の時は自分は女の子だと思い込んでいたという設定で「あたし」にしました。多分また姫若子話書くとしたら今度は「僕」になってると思います。



お題、選択式御題様より
「お姫様のキスじゃ王子様は目覚めないのか な 」使用










「ヨーホー!さすが兄貴!!強ぇぜ!!!」

「はっ!こんなもん当然だ」

「やっぱ兄貴ぐらいになると昔から強かったんだよな!!」

「………いや、昔は弱かった」

「兄貴が!?嘘だろー!?」

「嘘じゃねぇ。本当さ」




今だって強くなったかなんてわからなくて

例えなってたとしても

一番護りたかった人はもうどこにもいない。




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