その時の俺には熱いという感覚がなかった。間近に迫る灼熱の炎など気にならない。紅く染まる刀身、切っ先を男の喉仏に定める。炎によって照らされる顔は醜く歪んでいた。

「The end.残念だったな」

「伊達政宗…!!!」

歯軋りしながら睨む男に刀をちらつかせてやれば情けない悲鳴をあげた。一応、親戚関係にあるがためらいはない。大義名分はこちらにある。こいつは伊達の姫であり、盟約の証である名前を殺した。さらには伊達と敵対する国と手を組み、奥州に攻め入ろうとしていたのだ。俺に対する裏切りだ。

「何故、何故…だ!!」

奴は酷く狼狽えていた。何もわかってないようだが簡単だ。定期的に来ていた文がぷっつりと途切れ、使いの者も門前払いときたら何かあったとしか思えないだろう。草の者を放てば案の定…あの時ほど己の勘の良さを怨んだことはなかったぜ。そうなれば後は迅速に軍を調え、打って出るだけだった。躊躇う理由なんて一つもない。

「テメェ…何で名前を殺した」

声音に凄みが増す。勢い込んで喉を突いてしまわないよう堪えるのに苦労した。俺がどんな思いであいつを手放したと思ってんだ。今すぐにでもこいつを八つ裂きにしちまいてェ。

「………が……い」

「Ah?」

「あのような者を殺して何が悪い!?」

男の怒りに呼応するように暴風が炎を巻き上げ天高く突き上げた。火の粉が頭上に降り注ぐ。もうそろそろここも崩れ落ちるが、そんなもんはどうでもよかった。


こいつ、なんて言った?


「あやつは我が嫁でありながら口を開けば伊達や奥州の事ばかり!!終いには戦を仕掛けると言ったら止めたのだ!!!」



「後生ですから、奥州に戦を仕掛けるのだけはおやめください!!!」



激昂する男に愕然となった。それは違う。名前は自分の事を、大好きな故郷の事をあんたに知ってもらいたくて……夫婦円満になるように頑張っていたんだ。文の内容だって全部あんたのことだった。戦を止めるのも当前だろう。実家と嫁ぎ先が争って喜ぶやつがどこにいる?そんなこともわからなかったのか?


あんたは名前の何を見てたんだ。


刀が滑り落ちる。これ幸いとばかりに逃げ出そうとしていたが、俺の方が早かった。

胸倉掴み上げて、横っ面を張り倒した。二転三転する男を追い掛け馬乗りになると何度も拳を打ち付ける。鼻の骨が折れる鈍い音がした。

「政宗様!!」

「止めるな!!こいつだけはぜってェ赦さねェ!!!」

「ご自分の立場をお忘れになったか!!」

「うるせェ!!!」

小十郎の言葉に身体中の血液が沸騰する。衝動のまま、叫びだしてしまいたかった。

今の今まで表面上だけでも冷静だったのは伊達の当主という重き鎖でがんじがらめになっていたから。だがそれも外れた。

今は、ただの政宗………あいつに心底惚れていた伊達政宗だ。

「おやめください!!」

「離せ小十郎!!」

「なりません!!大将である貴方が個人の感情で動いては国の存亡に関わります!!大局を見失うおつもりか!?」

「っ………」

小十郎の説得によって我を取り戻した。冷静になったとは言い難いがそれでも理性で行動出来るぐらいにはなった。

男の上から身を引くと、鯉口を切る。


ガツン!!


破片が飛び散る。貫いたのは柔らかい肉でなく固い木板だった。刀は男の顔のすぐ傍に突き刺さっている。俺の本能がこいつを殺すことを拒んだ。臆したわけじゃない。家を継いだ時から血に塗れる事は覚悟していた。それでも、この男の血で汚れることだけは我慢がならなかった。

「小十郎」

「はっ」

こいつが右目で良かったと思う。何も言わなくても伝わるし、汚れ役も引き受けてくれる。

立ち位置を変える。俺が刀を収めればあいつは抜いた。この頃に及んで命請いをする男に怒鳴りつけた。


もう沢山だ。


「テメェーは名前に助けを請う暇すら与えなかっただろうが!!!」



部屋を出る。数秒後に聞こえてきた断末魔は長く長く尾を引いた。










勝鬨が響いていた。いつもならこれを聞けばそれなりに思うこともあるのだが、今日は虚しさばかりが募る。

本陣には俺しかいない。正確には一人にしてもらった。最後に幕から出ていった成実の顔がちらつく。そういえば、あいつと名前は顔立ちがわりと似ているな。

そんな取り留めもないことを思って、でも結局行き着く先は嫁に行くと決意した時の名前の笑顔。諦めと悲哀が入り混じったような、そんなんだった。

「ちくしょう!!!」

地図を広げてある卓子に拳を叩き付ける。駒が数個転がり落ちた。うなだれていた顔を無理矢理上げれば赤々と燃えている城が見える。

俺のせいだ、俺が殺したも同然だ。いくら伊達家と浅からぬ縁があったとはいえ、もっと慎重に事を運ぶべきだった。どっちにしろこんな結果になるのであれば、名前をとれば良かったんだ。どんな形でもいい、あいつには幸せになってもらいたかった。



俺が幸せにしてやりたかった。





最愛最哀に姿を変えて
(こんな結末を望んだわけじゃない)










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一度没にしたネタを再利用した続編…ですがなんて報われない………。



お題、まぼろしらんぷ様より
「最愛は最哀に姿を変えて」使用










本陣のすぐ傍にある木に寄りかかっていると、梵の声にならない慟哭が聞こえてくるような気がした。

「成実…」

「小十郎、なんでこんなことになっちまったんだ」

こんなにやる瀬ない戦はない。だって、勝ったとしても名前が戻ってくるわけじゃない。結局は悲しみだけが残されるんだから。

「………」

「名前さ、言ったんだよ」





「政宗ってば意外と脆いところがあるから、成が支えてあげてね」




輿入れ当日、白無垢に身を包み無理して笑うお前の肩を掴んで言いたかったよ。


(行くな、梵は名前じゃなきゃ駄目なんだよ)




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