自室に呼び出されてからすでに小半時ほど過ぎているが、私達は向き合ったまま一向に話さないでいた。

政宗に、いつもの明るく快活な雰囲気は微塵もない。重厚な闇に紛れて沈んでしまったのか………昔の彼を彷彿させるほど濁った瞳をしていて私を不安にさせた。


「………決まったんだ」


無理矢理吐き出れた言葉に全てを悟る。前々から噂になっていた。政宗の従姉妹…私に、有力大名から縁談が舞い込んだって。

「そうですか」

「あぁ」

それっきり、口は閉ざされ燭台が燻るばかり。例え片方しかなくても恥じることなく真っ直ぐ相手を射いていた隻眼が、私を捉えることはない。重ならない視線に距離があるような気がした。

「承知してくれるな」

「無論です」

「名前」

「はい」

「お前を政事の道具として利用する俺を恨むか?」

どこか悲壮感を漂わせながらも、はっきりと訊いてくる。さっきとは打って変わって真っ直ぐ私を見据えながら―――何を馬鹿なことを。彼や、彼の父親はいっぺんに両親を亡くした私にとても良くしてくれた。特に政宗は何かと気にかけ、寂しくないようにといつも傍にいてくれた。感謝こそすれど恨むなんてどうして出来ようか。

「だけど俺は、俺のために命を賭ける家臣や見えないところで支えてくれる民を護る義務がある」

この先、何を言おうとしているのかが手にとるようにわかる。こんな世の中だ、断ったらどうなるか。些細なことが争いの火種になる。それに相手は名門の一族、強い繋がりが欲しいと思うのは当前だ。なのに彼は国と私一個人を天秤にかけて悩んでくれた。その事実さえあれば、私はどこにいたって生きていける。

「貴方様は伊達家の当主として当然のご判断をなされたまでです。間違ってなどおりません」

膝の上に置いてある手を皮膚に爪が食い込むほど強く握り締めている。私が入ってきた時からずっとだから、そろそろ血が出るだろう。一本一本丁寧に指を解いて代わりに私がその手を握った。節くれだった大きなこの手で、私や皆を護ってくれた。嫁ぐことで彼に報いることが出来るんだ。

「政宗様の、ひいてはお国の役に立てるのであればこれ以上嬉しいことはございません」

「………」

「ただ一つ。お願いがございます」

「何だ?」

「誰もが幸せになれる国をお作りください」

「OK.約束する」

握り返す力が強くなる。思い込みなのかもしれないけど、政宗が私の手を離すまいとしているようで、もしそうであるのなら離さないでほしいと願う浅はかな自分がいた。だけど、それは叶わないと知っている。叶っちゃいけないこともわかってる。

「少々早いような気も致しますが、ご病気などなさらず、どうかお元気で」

「あぁ………名前、」





最後の最後に従兄弟の政宗として弱々しく囁いた言葉に、ただ、首を横に振ることしか出来なかった。





お前を選べなくてごめんな、なんて、いいよそんなの。

(名前は政宗の傍にいられて幸せでした)











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こういう時代ならではの悲しみですね。

いつもの二人はもっと砕けた感じですが、今の政宗は伊達の主としての政宗なのでけじめをつけるためにも夢主は敬語で話してます。多分、彼等は嫁ぐその日まで話すことはないでしょうね。用事があっても人づてに伝えるとか。それがお互いのためだとわかっているからの行動です。



お題、群青三メートル手前様より
「きみを選べなくてごめんね、なんて、いいよそんなの。」使用










部屋に呼び出された俺は名前が嫁ぐことを告げられた。従兄弟のよしみで特別に教えてくれた。

梵は、それでいいんだろうか。

一瞬過ぎった疑問をすぐに打ち消した。愚問すぎる。いいわけない、いいわけないけど選ばなければならない。そして国を護る者である以上、個人を取るわけにはいかなかった。

「俺は間違ったことをしたつもりはない。だけどこれから先、ずっと自分を赦せないだろう」

退出する間際に呟やかれた言葉に梵の想いが滲み出ていた。





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