※注意

僅かですが暴力シーンがありますのでご注意を。





叫ぶ心を必死に押さえ込む。反旗を翻せば苦しむのは私じゃない。大切な人達だ。



無理矢理連れて来られた私は米沢城の奥に押し込まれた。日中でも薄暗い部屋を出る事が許されるのは湯殿と厠に行く時だけ。もう何日も外に出てない。このままでは自然の匂いも日の暖かさも忘れてしまいそうだ。

この部屋に訪れるの命令されて働くだけの女中と憎きあの男。それ以外は見たこともない。一日のほとんどを暗い部屋に一人きり…何度狂いそうになった事か。極限状態な私を繋ぎとめるのはこの先、思い出にはなれない悲しい記憶。


「よいか。捕まるような事があっても抵抗するでないぞ。わしの代わりにお前が皆を守るのだ」


自害の直前に私に言い聞かせた父様。何も言わずに私を抱きしめた母様………父様がいない今、私が苗字の当主だ。一番に考えなければいけないのは家臣や民のこと。可愛がってくれた将達を、優しくしてくれた領民達を私は守らなければ。守るためには耐えるしかないのだ。


独眼竜がやってくるのは決まって夜だった。酒を持ってきては私に酌をさせる………それだけ。後は徳利が空になるまで呑んで帰るのだ。無理に身体を奪うような事はしない。

「Seconds.」

南蛮語なんてわかるはずないが杯を持った腕を突き出す動作と、毎日繰り返されている言葉となれば何を要求しているか自然とわかる。

徳利を杯に傾ける。最初の頃は怒りで手が震えたが、今はそのようなことはない。感情を心の中に留め表にはださないようにしている。濁った酒が満たされる。

一気に呑み干したかと思えばちびちび呑んでみたりと不規則だ。私としては後者の方がいい。接する機会が少なくて済む。そのまま見てるのも嫌なので目線を畳みに落とした。


「「名前」」


独眼竜がいる時に限って強くこだまする、誰よりも私を愛してくれていた二つの声。一度は失敗したのだ。二度と死ぬ事は許されない。死んだり、逃げ出したりすれば、国の豊かな大地は大量の紅に染まる。それだけは避けねばならない。

「考えことか?」

「いえ、何も」

視線が注がれるが顔を上げられない。機嫌を損ねると思ったがそんなこともなく、くつくつと笑って酒を流し込んでる。

独眼竜のことは何一つとして理解が出来ない。奥州と同盟を組んでるわけでもないが、特別に敵対していたわけでもなかった。兵を失うのを覚悟してまで手に入れる価値はなかったはず。それとも小国のくせに独立していたのが気に食わなくて攻め入ったか。


そんなくだらない理由で両親を死に追いやったの…?


「どうした princess?」

独眼竜の手が頬に触れた…身が竦みそうなほど冷たい手。この手で私から大切な者を奪い、あまつさえまだ足りないとばかりに奪おうとしているのだ。

「………満足ですか」

「Ah?」

「小娘一人を手篭めにしてそれで満足なんですか?」

「………」

そのような男が天駆ける竜になる?笑わせるな。小さき器の者が天下をとっても、国を治めるには足らず。争いは増すだけだ。

「そのような方が天下をとれるとお思いで?」

どれほど言い募っても何も言い返してこないから有頂天になっていた。だから気付かなかった。独眼竜の眼の色が変わっていた事に。

宙を舞う杯。何事かと思った時、すでに手が振りかざされていた。持っていた徳利は中身をぶちまきながら転がり、身体は壁に激突。関節が悲鳴を上げ頭がクラクラする。胃から込み上げる物があったがなんとかに耐えた。頬に残る痛みと熱で何をされたか知る…殴られた。

独眼竜は私の傍に膝をつくと身動き取れずにうずくまる私の襟元を引っ張り上げだ。至近距離で視線が重なる。

独眼竜は笑っているのにその瞳に宿しているのは蒼い炎だった。

「おいおい。アンタはWise(かしこい)だと思っていたが違うのか?俺を怒らせたらどうなるか………わかってんだろ?」

蒼い炎に凍りつく。初めて会った時と同じ、内側から狂気が滲み出ている………この男は己の欲を満たすためなら何がどうなっても構わないのだ。

「っ…」

口が動かない、声がでないどうすることも出来ない。

ひたすら凝視してると顎のあたりを拭われる。その親指は紅く染まっていた。どうやら怪我をしたようで認識した途端に痛くなる。

己の親指を暫く見つめていた独眼竜は笑みを強めると私をさらに引き寄せ血をペロッと舐めた。

そのまま流れ出す血の筋を辿るようにどんどんと口元に近づいてくる。傷ついた箇所に着くと舐めたり吸ったり舌を捩りこませたりする。電流のような痛みが身体を走って引き離そうとするが敵わない。そうこうするうちに今度は口を塞がれた。息もつかせぬ接吻、己の咥内に侵入してきた独眼竜の舌は獣の如く蹂躙した。飲みきれなかった唾液が溢れた。

最後に啄むように唇を落とし、ゆっくりと離れる。私は支えを失い崩れ落ちた。

「げほっ、げほっ…く………」

「Mind you?(いいか?)全ては俺が握ってんだ。その事をよく覚えとけ。 Don't forget!!」

片付けとけよ、と残すと独眼竜は部屋を出ていこうとした。乱れる息の中で声を張り上げる。

「独眼竜!」

「what?」

「私が、貴方に順応になったら、どうします、か?」

「…そうだな」




振り返った独眼竜は凄絶に笑っていた。





「飽いて殺すかもな」





竜なんかじゃない。こいつは鬼だ。










襖を挟んだ向こう側で荒い呼吸が繰り返される。それが落ち着いてきた頃には啜り泣きに変わっていた。鳴咽の合間に独眼竜、と己の異名を忌ま忌まし気に、悔しそうに呟やいている。口許を押さえて俺はその場を後にしたが、廊下の中腹まで来たところで耐え切れなくなった。

「くくっ………はは、はははははは!!」

あんな事で怒るわけないのに何だあの怯えっぷりは。普段は強気なくせに随分と可愛いらしい。怒りや憎しみを必死に隠しているようだが今日は無理だったか。全ては民や家臣のため………いじらしくて笑えてくるぜ。

最初は無理矢理純潔を奪ってやろうかと思った。だかそうではないとすぐに気付いた。

あの姫さんは身も心も綺麗だからこそ傷ついた時に一際美しくなるのだ。汚れた者が傷ついたとて傷は目立たない。それだけのことだ。溜まった欲は他の女にぶつければいい。


傷は大きく深ければ深いほど美しさは増す。


欠けていた心の一部が埋まる。真田幸村との戦いでも癒されなかった渇きが潤う。





「綺麗だぜ名前…」





だからもっと地獄の中で泣き叫べ。





廻る地獄
(知ってるだろう?地獄は何処まで行っても地獄だぜ)










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やってしまった続編。伊達殿の鬼畜ぷりが上がっている。香月にしては珍しく表現が生々しかったです。おかげで書いてて恥ずかしかった!!




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