灰色で構成された空間に一人立ちすむ。灰色以外は何もなく、空と地の境もない。果てもない。雨雲に包まれてるような気分になる。白とも黒ともつかない色は自身の立ち位置がわからない俺の不安を掻き立てる。

ここは何処なんだ。俺はどうしてこんなとこにいるんだ。何をしていたんだ。ずっと一人だったのか。他に誰もいないのか。

そもそも俺は誰なんだ………?

答えのない疑問の数だけ不安は膨れ上がる。己のこともわからず苦しい。進むにしても行き場所が知れなくて途方にくれた。



ピチャン



水滴が弾ける音がした。咄嗟に仰ぎ見れば雨が降ってきた。この世界にも雨があるのかと幾分か安心した。しかし、何か変だ。普通の雨ならばもっと広範囲で降るはずなのに狙ったように一カ所にしか降らない。断続的に注ぐ珠は大きい。

雨粒が目元に当たって滑り落ちてくる。伝った痕は空気に触れて冷たいのに、指先で掬ったそれ自体は温かい。おかしな事だ。試しに降り注いでいる雨の中に手を突っ込んでみた。掌に溜まって溢れ出す。やはり温かい。これは雨ではないのか?



「幸村」



誰かに呼ばれた。そうだ、俺は幸村だ。



「幸村、お願、い。死なないで………」



雨と一緒に落ちる懇願する声には悲哀が混じっていた。言葉に詰まると雨足は強くなった。嗚呼、雨ではなくてこれは…

大切な事を思い出した。掴める物はないけど、精一杯腕を伸ばす。


君に届くように

雨が止むように


そして何よりも尊きその名を呟いた、瞬間。天に亀裂が走り、光りが溢れて真っ白になった。









押し上げられるように意識が浮上する。ゆるく瞳を持ち上げると名前の泣き顔が見えた。何故、名前は泣いているのだろう。身体のあちこちが痛いのも不思議だ。雰囲気から察するにここは自室のようだが、前後の記憶が抜け落ちているため何があってこうなったのかさっぱりわからない。

「幸村…」

名前は急に目覚めた俺に驚き、かける言葉が見つからないようだ。指一本どころが口を開くのさえ億劫で呆然としているその顔を見つめた………駄目だ。せっかく目覚めたのに、泣き止む気配がない。これでは黙ってるわけにもいかないだろう。

「泣く、な」

慰めながらもどうしてこんなことになったのか記憶を引っ張りだす。そうだ。戦場で最後の一人を切り伏せてこれで帰れると、名前に早く会いたいと思って油断したのだ。飛び出してきた兵に斬られ、反撃した直後に意識は途切れた。

そしてもう一つ思い出したことがある。生死をさ迷った俺を引き戻したのはお前の涙だったな。

「すまない。もう、大丈夫だ」

「本当に?」

「あぁ」

「本当の本当?」

「本当だ」

その証として笑ってみせたが筋肉が上手く動かなくて引き攣った。それでも名前は安堵したようで目に涙を溜めながらも笑い返してくれた。嗚呼、やはり名前は泣いているより笑っていたほうがずっといい。



怪我が治った暁には名前に礼を言わなければ。名前のおかげで俺は生きているのだと。





の雨が僕を救うから
(帰ってこれたよ)










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真面目な幸村と言い張ってみる。幸村っぽくないけど、幸村です。最近のマイブーム(?)は幸村の一人称を俺にすることです。気を許した相手(お館様以外)の前では俺でだったらいいな(願望)

ちなみに、灰色の世界というのは雨雲もありますがあの世とこの世の狭間というイメージもあったり。










「もー旦那ったら皆に心配かけてー」

「すまぬ」

「名前ちゃんなんて旦那の名前を呼びながら泣いてたんだからね」

「知ってる」

「え?」

「知ってるよ」

(佐助、お前は信じないかもしれないけど俺は名前に助けられたんだよ)



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