「キレずに済む方法教えてあげようか」

「あ?」

「人がいない場所にいけばいいんだよ」



手前は俺に世捨て人になれというのか。





各駅電車に揺られること数時間。どこに向かってるかわからないがとりあえず田舎に来ていた。窓から見える海は夏の日差しが射し込んで濃い青色になっている。横で懐メロを口ずさんでいる名前は麦藁帽子に白のワンピースと夏のお嬢さんスタイルだ。そんな彼女に連れられて無人駅に降り立った。1時間、もしくは2時間に1便のバスに乗って約30分。山と田んぼしかない停留所で降りた。名前にせっつかれ、二人分の荷物を持って緩い勾配の山道を登ると頂上には家があった。

田舎の爺ちゃん家を彷彿させる、というかまさに同じような家だった。建て付けが悪い引き戸を壊さないように開けると篭っていた温い空気に包まれる。不快感に顔を顰めた俺の腕の下を通り抜けて名前は中に入った。廊下に積もった埃の上に足跡が点々と続く。俺も靴を脱いで上がり込み、居間らしき場所へ行くと名前が雨戸を開けていた。

家は平屋で間取りは居間と客間とそれ以外に部屋が3つ。あとは台所と風呂場と便所、縁側の先には雑草茫茫の庭がある。内装はテレビで見た昭和時代のそのものだ。ダイアル式のテレビに黒電話や吊り上げ式の蛍光灯、さらにはちゃぶ台とか…実物初めて見た。

物珍しさにキョロキョロしている俺に名前が箒を差した。反射的に受け取ったが意味がわからなかったから名前をじっと見る。するとは名前にっこり笑った。

そこから大忙しだった。掃除機なんてないから箒で塵やら砂やらを吐き出して雑巾がけをする。蜘蛛の巣とっぱらったり曇った窓拭いたり。台所と風呂と便所と玄関を次々と掃除していき、全てを終えた頃には日が暮れていた。










「腹へった」

「右に同じく」

俺と名前はちゃぶ台を挟んでぐったりしていた。それもそのはず。昼飯もろくに食わずに動き回っていたんだから。空腹を訴え腹がグーグー鳴るが動きたくない。しかし動かないと飯が作れないという切ない状態になっている。

「つーか、何で俺はここにいる。いったい何の目的で連れてきた」

「え、今更?今更聞くの?遅くない??」

「うっせぇ。なんでもいいから答えろ」

「ここお爺ちゃん家で、あ、二人とももう亡くなってるんだけどね。好きなときに来て好きに使っていいよって私に残してくれたんだ」

曰く、毎日のようにキレてる俺を心配してトムさんに相談したところ、休みを貰えるように掛け合ってやるからのんびり旅行にでも行ってきたらどうだ、と提案されたらしい。そこで思い付いたのがこの場所だった。大自然に囲まれたらリラックス出来るはず、と。ここは名前の秘密の場所で彼女自身、疲れたり何か嫌なことがあった時はここに来て癒されるそうだ。成程、トムさんも一枚噛んでたからいきなり連休なんてくれたんだな。

「ここなら静雄をイラつかせる人はいないでしょう?さすがに折原君もここまでは来ないだろうし」

「ノミ虫の名前をだすんじゃねぇ」

「あ、ごめん。とにかくたまには何もない場所でゆっくりするのもいいでしょう?」

何もなさすぎるだろう、という俺のツッコミに名前は声を上げて笑って、そこがいいところじゃない、と言う。俗世のしがらみも煩わしい人間関係もここでは0になる。ゆったりとした時の流れに逆らわず身を任せてしまえばいい。

「何もない=静雄を怒らせるものがないってことよ」

名前は横向きにしていた身体を仰向けにすると喋らなくなった。これはあれだ。寝る体勢に入ったのだ。

「おい。飯は?」

「起きたら作る。ちなみにメニューは素麺ね。家から大量に持ってきたから」

「素麺…」

「ごめん。物足りないかもしれないけど今日は我慢して。明日買い出しに行くから」

買い出しってどこで?ここに来るまでの間に買い物出来るような店はあっただろうかと考えているうちに名前は寝てしまった。

朝早くから出発して今まで動き回ってたんだから疲れるのも無理はない。それは俺にも当てはまることだが男と女では体力が違う。そうまでして名前がここに、とっておきの場所に連れてきてくれたのは俺のことを心配したからで、要は俺のためにである。そう思うと嬉しいやらなんやらで色んな感情がふつふつと沸き上がってくる。

「………」

ちゃぶ台の足を畳んで端に寄せた。遮るものがなくなったので遠慮なしに手を伸ばし、お腹の上に組まれていた名前の腕を強引に引っ張った。空いた掌に掌を重ねて指の一本一本までしっかり絡ませる。あー、くそっ。もう夕暮れだっつーのにまだ暑いしそのせいで手はベタベタするしで不愉快極まわりないが、それでも繋いだこの手だけは絶対に離したくなかった。





色讃歌
(とりあえず、名前が起きたら抱き締めよう)










--------------------
夏に関するお話しが書きたいがために出来たお話し。シズちゃんに大自然って似合わないと思うのは私だけでしょうか←





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -