ずっと、ずっと憧れてたんだ。
「ギャーーー!!!」
ギルバートの悲鳴が屋敷中に響きわたる。じりじりと迫るそれをなんとか追い払おうと手を振り回すが、まったく効果はない。ギルを恐怖のどん底に突き落としたのは猫だった。例の如くオズがけしかけたのだが、今回は一匹ではなく束になって押し寄せてきたのだ。にゃーにゃーと群れをなして鳴いている光景はギルにとっては地獄だった。
「名前さん!!」
「ギルバート…」
エイダの傍にいた名前の背後に身を隠す。彼女は幼少時からオズに仕えてる先輩従者で、頼りになる存在だ。必要以上に騒ぐギルに名前は呆れながらも彼を庇う。
「ギルってばだっせー」
「オズ様。この大量の猫はどうされたのですか?」
「ダイナ以外は全部野良猫」
「…ギルが怖がるので廊下に出してください」
「えー」
「オズ様」
ギルには強気な態度でいられるオズも名前には敵わない。渋々ながらも猫を運び出している。もう大丈夫だろうとギルが胸を撫で下ろすと振り向いた名前が肩に手を置いて目線を合わせた。彼女のほうが背が高いので少し屈まなければならない。
「ギル。オズ様の悪戯に一々反応してはいけないよ。面白がって増長してしまうからね」
「すみません…」
「そんなに猫が苦手?」
「はい」
「そう。ま、人間なんだから苦手なものがあるのも仕方ないよ」
慰めてくれる名前に申し訳なく思い気落ちする。主人に振り回されている自分をいつも助けてくれる。名前は優しいし気も利くし頼りになる理想の従者だ。そんな彼女の役に立ちたい。ずっとずっと憧れて近づきたいと努力してきたのだから。
「ボク、もっと頑張ります!!」
「ギルは十分頑張ってるよ」
「いいえ!ボクなんて名前さんと比べたらまったく駄目で…」
「私はそんなに凄くないんだけどな………じゃ、こうしよう。二人でオズ様のお役に立てる立派な従者になろう。約束ね」
「はい!!」
小指を絡ませて主人に見合う従者になるとお互いがお互いに誓いあった。あの約束を破るつもりなんてなかった。
(顔を赤らめながら小指に誓った遠い昔の約束事は今でも有効ですか?)
あれから5年の月日が流れ名前がパンドラに所属すると決まった。オズを取り戻すために。
「いやー君の先輩さんはなかなか面白いですよ」
「………」
クルンと一回転したはブレイクは至極愉しそうなのに対しギルは鬱々とした雰囲気を纏っていた。油断をすると歩みが遅くなってしまう。彼はブレイクに案内されてある部屋へと向かっていた。そこではシャロンと…名前が待っている。正直、気が重い。主人を護れなかったどころかナイトレイの養子になった自分は殴られても罵られても文句は言えない。それでも彼女には嫌われたくない、と勝手なことを思っていた。
「どうしました?5年ぶりの再会じゃないですか。もっと喜ばないと………あぁ、彼女に会うのが恐いのですね。嫌われでもしたらギルバート君のガラスのハートは粉々に砕け散っちゃいますね〜」
「煩い!前向いて歩け!!」
後ろ向きになって歩いているブレイクを怒鳴りつける。おぉ恐い、などと思ってもいないことを口にし肩をすぼめおどけている。人を馬鹿にしたような態度がギルの苛立ちを煽った。そうこうしてるうちに部屋の前に到着した。
「では行きますよ。オープン」
「ちょ、待てブレイク!!」
心の準備も出来てないというのにドアを開けた。仕方ないのでブレイクに続いて入室する。室内ではシャロンと名前がお茶を囲んでいた。5年ぶりに見た彼女は身長が伸びて大人っぽくなっていた。
「お連れしましたよ」
約5年ぶりの再会だというのに名前は何の隔たりもないように手招きをする。複雑な心境の中でしばし逡巡したが素直に応じて目の前で止まると彼女は席を立った。
「久しぶり。背が高くなったね」
「………」
「私は怒ってるんだよ。何故だかわかる?」
「…主人を護れなかった揚句、ナイトレイの養子になったから」
「違う。ナイトレイの養子とか、そんなことはどうでもいい」
「どうでもいいのか?」
「何処の子になろうがギルはギルだからね。私が腹を立ててるのは何の相談もなしに勝手にいなくなったことにたいしてだよ。それにオズ様を護れなかったのは私も同じ。だから、」
これからは一緒にオズ様を探そう。
背は伸びたし大人びてるけど優しい眼差しや柔和な微笑みは何ひとつとして変わらず、自分にたいする態度も昔と同じだ。それが泣きたくなるほど嬉しくてギルは小さく頷いた。
It is without changing
(貴方は変わらずそこに)
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パンドラ第二段はギルバートで。うん、ヘタレが払拭できない(笑)年上ヒロインってせいもあるんでしょうね。次書くときは脱・ヘタレしてあげたいなー(願望?)
お題、選択式御題様より
「顔を赤らめながら小指に誓った遠い昔の約束事は今でも有効ですか?」使用