下駄箱を開けたら手紙が床に散らばった。下駄箱から靴以外の物が出てきたけど日常茶飯事なので驚かない。取り敢えず足元のはそのままにしといて、埋もれている上靴を救出した。中のを先に回収し鞄へ入れて、落ちているのは拾って持ったまま教室に向かう。

「名前おはよー。今日もモテモテだねー」

「おはよう。私のじゃないってわかってるくせに茶化さないでよ」

友人と挨拶を交わし自分の席へ行くと、後ろの席の及川がいた。おや、珍しい。いつもは朝礼が始まるギリギリにくるのに。

「及川おはよう」

「おはよう」

「私より先に来てるなんて珍しいね」

「朝練出来なかったから」

体育館がどうこうで練習がなかったのが余程不満なようで机に張りついてぶーたれている。本当にバレー好きね。あ、本人がいるならちょうどいいや。

「はい、お届け物です」

「いつもいつもご苦労様でーす」

抱えていた手紙を机に置いて鞄から取りだし分も重ねる。席について教科書やノートを片してから振り向くと、及川は手紙の山を見ながら忙しなく瞬きしていた。いつもより量が多いからびっくりしているらしい。

「今日は多いね」

「ざっと10通ちょっとかな。青葉城西は意外と古風な子が多いよねー。運ぶ方の身にもなってほしいけど。私の下駄箱はいつからポストになったんだろう」

「及川さん宛の手紙を確実に届け出くれる優秀な郵便屋さんだから!!」

「少しは申し訳なく思えっ」

「あでっ。ちょっと、痛いんだけど!!」

軽くデコピンをしただけなのに大袈裟に痛がってみせる及川とは高校入学時に知り合って以来、三年間クラスが同じということもあり仲良くしている。及川の一番近くにいる女子ということでやっかむ子もいれば上手く利用する子もいる。勇気がない女子は私をパイプ役にして及川に手紙を渡しているのだ。ちなみに、某日になると手紙はチョコレートへ変わって私の下駄箱から溢れている。

「そういえば去年のミス青城の子からもきてたよ」

「勝手に見ないでよ。プライバシーの侵害」

「たまたま見えたんで不可抗力ですー」

「本当かなー?」

及川は1通1通丁寧に差出人を確認している。ほとんどはファンレターだけど、中には本気で告白する子もいるから全てに目を通し、返事をするらしい。及川はちゃらそうに見えて意外と誠実な人間だ。

「ファンレターなんてもらっちゃってアイドルか」

「アイドル並みのオーラとルックスだから仕方な、…」

及川は真っ白な封筒を持ったまま目を見張っている。何だ何だ。本命の子から貰ったのか。大抵の子は可愛いレターセットを使うけどあれはシンプルだ。俄然興味が沸いてきた。

「誰からなの?」

「ちょ、見るなって!!」

「えー。すこしぐらいいじゃん」

「ダメ!!めっ!!」

のぞきこむより先に机の下に隠してしまった。本気で嫌がってるので身を引くとそそくさと鞄に仕舞った。必死に隠す及川に悪い笑みが浮かんでしまう。からかったら面白そうだ。

「照れちゃってんのー?あの及川にそんな反応させるなんてねぇ。一体誰からなの?」

「お前は知らなくていいよ」

突き放したような言い方だった。しまった、怒らせちゃった?顔色を窺うと表情がすっぽりと抜け落ちていた。流した視線は手紙が入っている鞄へ向かっている。その瞳にさえ何も浮かんでなくて寒気がした。

「及川…?」

「どんなに頼まれても苗字だけには教えない!!べっー」

あっかんべーをする及川に呆気にとられた。それは私のよく知る及川で、異様な雰囲気は微塵もない。目を擦ってもう一度見ても憎たらしい顔をしている。やっぱ及川だ。コロコロ表情が変わる及川の、無表情なんて初めて見たから驚きすぎたのかも。きっとうそうだ。密かに胸をなでおろしながら及川の額を小突いてやった。

「及川意地悪いっ!!」

「痛い!!さっきからなんで額を狙うの!?」

「狙いやすいから」

「そうなの!?」










ホームルームが終わり部室へ向かった。一番乗りかと思ったら及川がいて既にユニフォームに着替えていた。ロッカーに寄りかかって何かを読んでいる及川に表情はない。厄介なことが起こりそうだと思いながらも着替える。シューズの紐を結び直そうと屈むと白い封筒が落ちていた。『苗字名前様』と、綺麗な字でよく知る名前が書いてあった。やっぱあいつ絡みか。めんどくせぇ。顔を上げた及川は馬鹿にするように薄く笑っていた。

「男がラブレターとか気持ち悪くない?」

「いいんじゃねぇの。ピュアな感じがして」

「うわっ、岩ちゃんがピュアとか言うと痒くなる」

「歯ぁ食いしばれ」

目の前で掌を握ると暴力反対!!と、いつもようにおちゃらけるが底の方から滲み出る不機嫌さは隠しきれてない。こいつは俺の前だと何も隠そうとしない。作った拳をほどいて嘆息する。

「苗字も馬鹿だよね。自分宛の手紙も俺に渡すんだから」

「どうすんだよそれ」

「こんなもんは必要ないよ」

及川が判断することではないのに勝手に決めると手紙を真ん中から裂いて二つにし、また破いてを何度か繰り返す。手紙に込めた純粋な想いは千切られていく。及川なんかに見つかなければこんなことにはならなかったのに、と同情するがそれも吹けば消し飛ぶくらいに軽い。

「最低だなグズ川」

「止めない岩ちゃんも大概だよね」

「てめぇが暴走したら面倒なんだよ」

「えー暴走って何さ」

修復不能なほど細かくなった、ラブレターだった物をゴミ箱に捨てた。笑顔で人の気持ちを踏みにじる及川を見て、きゃーきゃー騒いでいるやつらはどう思うか。

基本女子には優しい及川だが、その実、心はただ一人に傾いている。告白もせずに友人関係を保ったまま、苗字に近づいてくる男を密かに排除している。

「さっさと告白すればいいだろう」

「無理だよ。だってあっちは友達としか思ってないもん。それに今の関係も居心地いいからもう暫くは維持してもいいかな。ただ、他の男と心を通じあわせて俺から離れるなんてそんなのは絶対許さない」

口元は弧を描いているが目は違う。声を抑えて囁くように、しかしそこには恐ろしいほどの感情が込められていてぞっとする。この執着ぶりだ。苗字が及川の元を去れば及川はとり乱すだろう。下手するとバレーに支障をきたすかもしれない。そうなれば本人も周りも困るのだ。

「改めて告白したいから明日校舎裏に来て欲しいって書いてあったよ。めんどくさい上にベタだね〜」

「…そうかよ」

けして言わないが苗字の代わりに会いにいくつもりだ。脅しはしないだろうが釘を刺すんだろう。相手も及川が来たとあっては身を引くはず。そこまでわかっておきながら俺は止めずに及川の好きにさせる。

「みんな来たみたいだね」

「おい」

「わかってるって」

及川がにっこり笑うと同時に2年がわらわらと入ってきた。すかさず及川は絡みにいく。あいつが引き止めるせいで2年は着替えられずに困っているので止めに行こうとしたら落ちていた封筒を踏んづけた。ああ、忘れてた。誰も見てないのを確認してからびりびりに破いて捨てる。及川のやることを黙認している俺も所詮は同じ穴の狢だ。





良くも悪くも愛だらけ










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及川夢なのに岩ちゃんの方が目立つのは仕様です、嘘です。すみません。この及川さんは、付き合えるなら付き合いたいけどそんな強引に事をおこすつもりはなく、友達のままでもいいけど自分から離れるのは絶対許さない、とかそんなんです。大丈夫か及川さん。岩ちゃんは実害ないし、好きにさせておこうスタンスです。岩ちゃんならぶん殴ってでもやめさせそうとか思っても言わない。



お題、告別様より
「良くも悪くも愛だらけ」使用




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