この日を待ち望んだやつは多いだろうが、俺にとっては憂鬱だった。普通の授業と違い、多少うるさくしても怒られない。自由に移動できるのも調理実習ならではだろう。クラスメイトは楽しそうに料理をするが、俺は頭を抱えるとまではいかなくてもかなり困っていた。料理は苦手の部類に入る。調理実習は何回かしてきたが、これまでは班単位で一つの料理を作っていたので適当に参加していた。しかし、今回の課題の卵焼きは一人で完成させなければならない。班の中で作ってないのは俺だけになってる。先生の説明を聞いても前のやつが作るの見ていても今一勝手がわからない。事前に卵焼きを作ると知らされていたのだから家で練習でもすればよかったんだろうけど、部活で疲れてたとか気が進まないとか理由をつけて結局やらなかった。誰かに助けを求めようにも皆、自分の卵焼き持ってはしゃいでいて頼めそうにもない。かといって、一人でやったら失敗するという妙な自信があった。どうすっかな…。
「岩泉君作らないの?」
授業終わる、と焦っていると同じ班の苗字が声をかけてきた。いつまで経っても何もしない俺を不思議に思ったようだ。
「料理苦手だから自信ねぇ」
「やっぱ男の子は料理が苦手か。よければ手伝うよ?」
「いいのか?」
「勿論。ただ、私がやったら岩泉君のためにならないから横から口だすぐらいだよ」
「充分だ。頼む」
見かねたのか、苗字が手伝いを申し出てくれたので飛び付いた。願ったり叶ったりだ。
「じゃ早速、卵を割ってください」
「おー」
まぁ、それぐらいなら出来んだろ。篭に盛られていた卵を取ってボールの縁で軽く叩いてから罅が入った位置に親指をかけるが、割れねぇ。何でだ、卵ってこんな固かったか。
「岩泉君、そんなに力いれたら…」
苗字が何かを言いかけた時だった。
「「あ」」
むきになって力を込めたら、ぐしゃ、と崩れた中身と細かい破片になった殻がボールへ落ちた。二人揃って黙りこくる。やってしまった。卵もまともに割れないってどんだけだ。苗字は呆れただろう。
「悪い…」
「あはっ。流石男の子、豪快だね」
たまらず謝るが苗字は軽く笑っている。それも嫌味や呆れの類いからくるものではないようだから強張った心が解けた。
「いくらなんでもこれはねぇよな」
「料理しないなら仕方ないよ。それに殻を除けば使えるからこんなの失敗のうちにはいらないって。殻は私が取っとくから岩泉君は手を洗っちゃって」
「そこまでさせるわけには…」
「早くしないと時間なくなるよ」
「お、おう」
ボールを取り上げられ、押しきられる形で任せてしまった。苗字は菜箸で器用に殻を除いている。俺が手を洗いか終わる頃には殻はなくなり、卵だけになっていた。仕事が早い。
「本当、悪い」
「いいっていいって。それじゃ卵をもう1つ割って、混ぜたら味付けしようか。調味料、入れすぎないように気をつけてね」
「了解」
注意されたことを念頭において慎重に行動する。二つ目の卵は綺麗に割れてちょっと感動した。卵の混ぜ方とか、動きがぎこちないが苗字は笑うこともなく、真面目に付き合ってくれる。俺が躓きそうな箇所でアドバイスをして、本当に困った時だけ手を貸してくれた。お陰で四苦八苦しながらも、それなりの物が出来上がった。包丁で切ってから皿に乗せると苗字が小さく拍手している。
「いい感じ!!これだけ作れれば充分だよ」
「苗字のおかげだな。ありがとう」
「困った時はお互い様。片付けまで時間ないから早く見せに行ったほうがいいよ」
「そうするわ」
完成品は先生へ見せに行くことになっている。教卓へ持って行くと頑張ったわね岩泉君、と労われた。どうやら俺と苗字のやり取りを見ていたようだ。大分恥ずかしい。
「岩泉、こっちで一緒に食おうぜ」
「おう」
誘われて男共でまとまっている一団に加わる。卵焼きを食べてみると、味も悪くない。俺一人で作ってたらどうなってたか。苗字とはほとんど話したことなかったが、結構話しやすい。ただ助けるんじゃなくて自主的にやらせて出来ない部分で手を差し伸べる。それはきっと、全てを手伝ってしまったら相手のためにならない、という思いやりからきているのだろう。そういえば、最初に俺のためにならないから、とか言ってたもんな。フォローも上手いし、きっと手助けとか慣れてる。お人好しのようだ。ま、そのお陰で俺はどうにか卵焼きを完成させられたんだけど。
友達と笑いあう苗字を視界の端に留めながら卵焼きを食う。苗字を目で追うようになったのはその日からだった。
密やかな出会い
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続きましたね(他人事)この時点ではまだ、ちょっと気になる程度です。夢主にいたってはまったく意識してません(笑)
お題、レイラの初恋様より
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