最初はね、飛雄の幼馴染みと聞いて面白半分でちょっかいをかけてたんだけど、今では彼女自身が気になる存在なんだ。少しずつ惹かれてるんだ。



部活に行こうと校舎裏を歩いていると、ピアノの音が聞こえてきた。ここからだと音楽室が近い。普段だったらスルーしているけど、今回は何故か気になった。音楽室だと思わしき場所に目星をつけて窓から中を覗くと名前ちゃんがピアノの前に座っていた。こんなところで名前ちゃんに会えるなんてラッキーだ。

「名前ちゃんだ」

「及川先輩!?」

鍵がかかってなかったので窓を開けると名前ちゃんは目を見開いて驚いている。ピアノは窓際に置いてあるのでわりと近い。どうせなら中に入りたいけど外履だから入れない。残念。


「こんなところでどうしたんですか?」

「たまたま外歩いてたらピアノの音が聞こえたから。名前ちゃんってピアノ弾けるんだね。今弾いてたのって何の曲?」

「合唱際の題曲です」

「合唱際の?あぁ、どうりで聞いたことがあると…え、もう伴奏とか決めてるの?」

「はい。伴奏任されたので早めに練習しておこうと思って」

「そうだったんだ」

今学期は行事が目白押しでそのトップバッターとして合唱際がある。まだ、本格的な練習は始まってないけど、名前ちゃんのクラスではすでに動き出しているらしい。気合い入ってるね。

「その課題曲、俺達も歌ったよ」

「毎年同じ曲なんですね」

「そうだよ。あ、そうだ!せっかくだからピアノ聞かせてよ。先輩としてアドバイスしちゃう」

「それは有難いのですが…部活はいいんですか?」

「まだ時間はあるから大丈夫」

「そうですか…それじゃお願いします」

これはチャンス、と強引に事を進めると名前ちゃんは簡単に受け入れた。飛雄と違って大人しい彼女は強く出れない。まだ俺に慣れてないようで態度がよそよそしい。早く打ち解けて欲しいなぁ。

「いきます」

小さく会釈してから鍵盤に指を乗せると軽やかに弾き始めた。2年前、俺達も歌った課題曲は彼女が演奏すると違う曲のように聞こえる。名前ちゃんはピアノを弾くのが好きなようで、微かだけど口元が弧を描いていて思わず見惚れた。

「及川先輩、終わりました」

あっという間に一曲弾き終わった。名前ちゃんに遠慮がちに声をかけられて我に返る。途中から曲を聞かないで名前ちゃんばっか見てた。危ない危ない。

「あ、うん。いいと思うよ。時々つっかえたりテンポが早くなったりするけど、それは練習すれば改善されるから。名前ちゃんは努力家だから、きっとすぐに上達するし、クラスメイトも気持ちよく歌えるようになるよ。頑張って」

「はい!!ありがとうございます!!」

アドバイスとか偉そうなことを言ったけど、音楽のことはよくわからないので当たり障りのないことを言う。それでも嬉しかったのか、表情が明るくなる。あ、笑った。いつもの困ったような感じではない満面の笑みは初めてだ。普通に可愛い。

「名前ちゃ「名前」

ドアが勢いよく開く。俺の言葉を遮ってずかずか入ってきたのは飛雄ちゃんで、名前ちゃんの近くに来たところでやっと俺に気づいた。お前は気づくの遅いよ。名前ちゃん以外は眼中にないのか。

「何してんすか及川さん」

「名前ちゃんと秘密の特訓だよ!!飛雄ちゃん邪魔しないで」

「及川さんと…?特訓してたのか?」

「ええ!?あー、うーんと…」

突然話しをふられた名前ちゃんはあたふたして、散々考えた末にわからないと答えた。飛雄ちゃんは怪訝そうな顔をしている。

「わかんないわけねぇだろ」

「及川先輩がたまたま通りかかって、それでアドバイスしてくれたんで秘密の特訓かと言われると…」

「それは及川さんが勝手にお節介焼いただけだ」

「ちょっと飛雄ちゃん!?」

「それより、及川さんもうすぐ部活始まりますよ」

「言われなくてもわかってますぅー。そういう飛雄ちゃんはサボりですか?」

「用件が終わったら行きますんで。名前」

飛雄ちゃんに呼ばれた名前ちゃんは立ち上がると飛雄ちゃんと向かい合った。なに?と、応える声は弾んでいる。俺の時とはまったく違う反応だね。切なくなんてないから!!

「どうしたの飛雄」

「いや…」

ほんの一瞬だったけど、飛雄ちゃんは意味ありげに俺を見て、さりげなく名前ちゃんの両手をとると指と指を絡めた。まるで恋人同士のようだ。名前ちゃんは過剰なスキンシップをとる幼馴染みに困惑しつつもされるがままである。あれって見せつけてるよね。あっはー………すげぇムカつく。

「夜から改修工事が入るとかで体育館が使えなくて自主練出来ないんだ。今日は早く終わるから一緒に帰るぞ」

「それはわかったけど、飛雄、手…」

「迎えに来るから待ってろ」

「う、うん」

誰だお前は。ってぐらい優しく微笑んで名前ちゃんの頭を撫でる飛雄。名前ちゃんは頬を赤らめて俯く。俺を置いてきぼりにして甘い雰囲気を作る二人に無性に腹が立つ。てか、付き合ってもないのにこの空気はおかしいでしょ。

沸き出る苛立ちを抑えこんでいると飛雄が視線を俺に寄越した。名前ちゃんのとはまるで違い、敵意剥き出しにしている。わかりやすいな。年上の威厳を見せつけてやろうと笑みを浮かべて余裕たっぷりに見返すと飛雄は気に食わないとばかりに目を細めた。幼馴染みとして長い年月を過ごしたかもしれないけど、そんなものは何の障害にもならないよ。

「名前ちゃん、俺そろそろ行くね」

「あ、はい。ありがとうございました」

「いいのいいの。いつでも特訓に付き合うから!!」

わざわざ飛雄から離れるとペコッ、と頭を下げた。この子は基本的にいい子だ。またね、と手を振りおまけにウィンクをしたら顔を赤らめ、控えめながら振り返してくれる。お、これは脈ありかな?飛雄の眉間のシワがえらいことになってるけど知らんぷりだ。

「飛雄ちゃんも部活始まるから早くおいで」

「すぐに行きます。名前、終わったら連絡する」

「わかった。頑張ってね」

「おう」

俺と飛雄はほぼ同時に音楽室から出た。俺は外から飛雄は中から部室に向かい、それぞれ準備して体育館へ行くと入り口で鉢合わせたが、特に言葉も交わさずに中へ入る。ウォーミングアップを終えて飛雄を探すとちょうどこちらへ歩いてくる。

「ナイスタイミング。今日はさ、飛雄ちゃんとマンツーマンで色々教えてあげようかと思うんだけど、どう?」

「どういう風の吹きまわしですか?」

「他意なんてないよ。たまにはクソ可愛い後輩に付き合ってあげようかと思って。それともやめる?」

「いいえ、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくー」

「及川さん、俺、バレーでもあいつのことでも負けるつもりありませんから」

「生意気だね。俺に勝とうなんて100年早いよ飛雄」

名前ちゃんがいないので堂々と火花を散らす俺達を見ていた岩ちゃんが大人げねぇぞ及川、と渋面をつくる。うるさい岩ちゃん。この勝負、負けるわけにいかないんだよ。





孵化する恋慕
(手始めに二人で帰るのを邪魔してやろう)









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副題→大人げないよ及川さん。今一キャラが掴めてない気がします。余裕ぶっこく及川さんと一生懸命な飛雄ちゃんでも良かったんですが、あえてバチバチさせてみたら飛雄ちゃんが大分大人しくなりました。



お題、レイラの初恋様より
「孵化する恋慕」使用





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