瞳閉じれば浮かぶ面影は月日が経っても忘れはしない消せはしない。私はいつまでも待ってます。
大きな桜の木の隣でもうすぐ戦だ、あの方の築いた物を守るための大切な戦だ、と曇りのない眼で私を見つめながら貴方は告げた。
「戦…ですか」
「そうだ。これまでとは比べものにならないほど大きな戦だ」
扇を開いたり閉じたりする動作は考え事をしているときの三成の癖で、彼の頭の中は戦のことで埋め尽くされているのだろう。彼の目には私は映ってない。その先しか見えてない。
「勝てますか?」
「勝つに決まってる」
「そうですか」
「お前は俺が勝利すると思えないのか」
「いいえ。三成様の勝利を信じております」
「三成、だ。名前。昔のように呼べ」
「昔のように呼びますと佐吉になります」
「屁理屈を言うな」
「間違ってはおりません」
「フン」
三成は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。幾分か緊張した面持ちが和らいだ気がして安心する。戦に行く前からあんなに堅くなっていたらそれこそ本番で倒れてしまうから。せめて私の前では武士ではなくただの幼馴染でいてほしい。
背負ってる物を少しでもいいから、分けてくれたらいい。
「不安ですか。三成」
「不安などない」
「強がらなくてもいいですよ」
「ふっ。俺には共に戦う仲間がいるのに何故虚勢を張る必要がある?」
「……………」
「落ち込むな。お前は俺の帰りを待っててくれたらそれでいい」
それだけでいい、と柔らかな声で念を押される。長年共にいたせいか。戦う力がない自分を責めているのを見抜かれてしまった。私が頑張れ、と励まさなければいけないのに、逆に励まされてどうするのだ。格好がつかない。
三成は人に慕われるような人物ではない。むしろ敵の方が多いだろう。けど、そうではないのだ。
頑固で融通がきかなくて不器用で………
とても優しい。
辛辣な言葉は真っ直ぐだから
傲慢な態度は己を奮い立たせるため
信念を曲げないのは大切なものを守る故
「お慕いしております」
大樹を見上げていた三成が私の方へと視線を向けた。切れ長な目をまん丸くして驚いている。三成がそんな顔をするのは珍しい。左近様がいたら喜びそう。幸村様と兼続様はどうだろう。
親しい人たちが今の三成を見たらどんな反応をするか想像していたら三成は二、三度瞬きをしてから口を開いた。
「唐突だな」
「いつでも想ってましたよ」
「これから戦に出る者に想いを告げてどうする」
「未練があった方がしぶとく生きてくれるかと思いまして」
「お前なぁ………」
呆れた、とばかりに苦笑い。だけど、すぐに嫌みとか小馬鹿にした感じとか、何も混ざっていない純粋な笑顔で幼馴染の三成は言ってくれました。
「春までには戻るよ」
私は信じてる。
三成率いる西軍は負けてしまったけど、
桜はとうに散って春は終わってしまうけど、
必ず帰ってくると。
心は彼に預けたまま、返事を聞いてない。瞼閉じれば三成の声も姿も鮮明に思い出せる。時々泣きたくなるけど、そんな時は三成を想うから大丈夫だよ。
もう一度貴方と逢えるその時まで
いつか春は来ると信じ待っています。
春を待つ
(だから 早く帰ってきてよ 三成)
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「春、ですか」
「そうだ。春と言わず、すぐにでも戻ってきてやる」
「随分とまぁ、強気ですね」
「当たり前だろう。俺には義の元に集まった仲間や優秀な部下が居るのだから。勝つことは決まっているのだよ」
「ふふ。そうでしたね。わかりました。待ってますから、春までには必ず帰ってきてくださいね。三成」
「ああ。待っていろ名前」
そうやって微笑みあったのは、遠い初秋の日のこと。