戦場で恐れられている赤備えの青年は、鎧を脱げば穏やかな青年だった。





「どうぞ。冷めぬうちにお飲みください」

「いただきます」

お茶を勧めれば一口飲んでから美味しいです、とにっこり笑う。幸村様はお忙しいはずなのに暇を見つけては自室に訪れてくれる。

「雪が溶けたら、また戦が起きるそうですね」

「ご存知でしたか」

「聞き及んでおります」

ここは城の一番奥にある場所。表のことはあまり伝わってこないが、それでも噂となって届いていた。再び戦が始まる。内府殿は容赦はしないだろう、と。

「なればここからお逃げください」

「それはなりません」

わざわざ頭を下げてまで逃げろと言ってくれたのに、私はそれを首を振って拒んだ。

母上様には愛されなかった。兄上様とも滅多に会えなかった。周りの者は私の存在を忘れてゆく。それでも私は豊臣の姫。亡き父上様は誇りを持って生きよ、と仰せられていた。一人だけおめおめと生き残るわけにはいかない。

「定めに抗い生きるは恥でございます」

「…立派なご覚悟でございます」

隣の部屋からおいたわしやと複数の女性の啜り泣く声が聞こえてくる。せめて育ててくれた乳母や仕えてくれた待女達だけでも逃がしたいけど、彼女達もそんなつもりはない。誰も彼もが覚悟を決めている。

「幸村様。初めてお会いした時のことを覚えていらっしゃいますか」

「勿論、覚えております」

「貴方様は私にこうおっしゃってくれましたね」



「真田幸村と申します。これより姫様のことは私がお守りいたします故、どうぞご安心ください」



赤い鎧と、六銭文の鉢巻き。堂々した武士の出で立ちをした幸村様はその姿とは裏腹に私を安心させようと優しく微笑んでいた。貴方はきっと命令されたから私を守っているのだろうけど、私は貴方がいてくれてどれほど救われたことか。

「あの言葉に偽りはありません」

「それは黄泉の国にいってもですか?」

「無論、私でよければどこまでもお供します。そして貴方様をお守りすると誓いましょう」

迷う素振りも見せずに幸村様は言いきってくださった。力強くも優しい眼差しに安堵を覚える。確約の言葉を頂いた私はもはやこの世に思い残すことはない。この世で結ばれぬのであればどうかあの世では、と叶わぬ想いを秘めながら、ただひたすらにお傍にいたいと願うのです。








(豊臣を捨てられず)
(さりとて貴方と共に在ることを諦められなかった)











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お題、憂雲様より
「全てを捨てられるほど子供ではなくて、全てを諦められるほど大人ではなかった」使用



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