何千、何万の人間が伏している中で彼女を見つけたのは奇跡に近い。赤備えの青年とは対照的に身体を丸めているが、どこか満足そうな表情をしているのは同じだ。それは最後に会った時と寸分違わぬ穏やかな笑みでもあった。

「何故じゃ」

賢い女だった。時世を見抜くことだって出来たはずなのに、彼女が選んだ道に未来はなかった。護ろうとしたものは滅び、己が命さえ散らした。幸村や名前は負け犬で、勝ったのは自分。なのに、どうしてこんなにも胸が痛むのだろう。

打ち付ける雨が鎧の隙間に入り込み、身体が冷える。水分を含んだ装束は重い。それでも政宗は微動だにせず、色を無くしていく彼女を見つめていた。


最後に会ったのは戦が始まるほんの少し前。名前はひょっこりと奥州にやってきた。近くまできたから寄った、と捕らえられてもおかしくはない状況の中で彼女は微笑んでいた。恐らく友である直江に会った帰りだろう。ついでのような扱いに少々腹が立った。

「このようなところに御呼び立てして申し訳ありません」

「まったくじゃ」

「一度でいいから語らいたいと思いまして」

「好きにせい」

「では、遠慮なく」

素っ気ない態度でいたがいつの間にか巧みな話術に引き込まれ熱心に耳を傾けていた。逆に自分の考えや夢を話すと彼女は楽しそうに聞ていた。戦の事には触れず、触れようともせず他愛のない話しが続く。まるで友と雑談をでもしているような一時だ。しかし、楽しい時間ほど瞬く間に過ぎていく。馬上の人となった彼女はこのまま真っ直ぐ大阪へと向かう。

「行くのか」

「はい」

「死ぬつもりか」

「立場が違えば自然と護るべきものも変わりましょう」

「………」

「短い一時でしたが貴方と語らうことが出来て楽しかった。許されるならもっと…」

名前は言いかけやめた。眼に諦観を滲ませ緩く首を横に振る。今更何を思っても栓ないことだ。時代は大きなうねりとなって全てを飲み込もうしている。それに逆らう。名前達は賢い政宗から見たら愚かなのだろう。ただ互いに譲れぬ想いがあったからこそ相いれる事が出来なかったのだ。

「次に相見える時は戦場で…」

そして最後に彼女はこう付け加えた。





「残念でなりません。政宗殿」








立ちくらみに襲われ片手で目を覆った。

「わからぬ」

外見ばかりが立派な城、そこに住まう人々はお前に何をしてくれた。命をかけるほどの価値がそこにあったのか。何のために護ろうとしたのか。何一つとしてわからない、わかりやしない。けど、わかってあげたかった。嗚呼そうだ。わかりあいたかったんだ。


「馬鹿め」


死んでしまっては、元も子もないじゃないか。


今更自分の気持ちに気付いたところでどうしようもない。ただ、酷く冷たい雨の中で、この想いだけが溶けずに残った。





けして交わることもなく
(時代が悪かったと言うしかないのだろうか)










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お題、風雅様より
「酷く冷たい雨の中で、この想いだけが溶けずに残った」使用




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