普段はその存在を意識してない。けど、確かに存在している。それは当たり前なことだ。だって、人はそれがなければ生きていけないのだから。空気というのはそういうものだ。

名前、という女は俺にとっては空気のようなものだ。影が薄いとかそういうわけではない。名前は子飼い集の一人である。俺達は同じ屋根の下で生活し、戦に出るときも大抵は行動を共にした。誰よりも共にいたのは名前だ。何時しか名前が俺の傍らにいることは常になっていた。それは特別なことじゃなく普通のことで、日常で。俺にとっての『当たり前』だった。それこそ空気がそこにあるのと同じこと。だからこそ俺は驚きを隠せなかった。

「三成につくのか」

「うん」

「どうして」

「三成のことが心配だから」

あっけらかんとしている名前にふつふつと怒りが沸いてくる。こいつは事の重大性がわかっているのか。

豊臣のためにそれぞれが最善だと思える道を選んだ。袂を別つと知っていても、苦渋の決断くだした。なのに名前は三成が心配だからというそれだけの理由で三成につく。名前は豊臣のことを考えてはいない。名前にとっては俺達の家はどうでもいいのか?恩ある秀吉様が創った世や、豊臣を護ろうとしないことが腹立たしい。

「お前はお前の意志がないのか」

「どういう意味?」

「お前は豊臣家のことを何も考えてない。豊臣がどうなってもかまわないのか」

「私が豊臣を蔑ろにしていると言いたいの?本気でそう思っているのか」

名前の瞳に怒りが宿ったのを見て俺は口を噤む。声を荒げたりしないが名前は本気で怒ってる。彼女も豊臣の行く末を案じているのだとわかり、俺は冷静になった。慎重に言葉を選ぶ。

「していないというなら何故。正しいと思った道に進まない」

「どちらも正しいと思ってるから」

「どちらも?」

「秀吉様が残した物を護りたい、って想いは三成も清正も正則も…私も一緒だよ。ただ、護り方が違うだけ。根底にあるものは同じなんだから、どんなやり方にしろ間違ってないと思う。どちらが正しいかなんて決められない」

「………」

「それでも選ばなければいけないなら、もう三成が心配だからとかそんな理由しかないよ。三成の周りは敵ばかりだから私ぐらい味方になってあげなきゃ可哀想でしょう?」

「あいつには左近がいる」

「そうだね。でも、家族はいない」

だから私が傍にいるよ、と。理屈で考えれば豊臣が生き残る道を選ぶのが正解だ。それは名前だってわかっているし、徳川に勝つことが難しいのも知っている。俺は家のことを第一に考えた。でも優しい名前は、人一倍家族を大切にしている名前は、三成のことを放ってはおけないんだ。

「俺達も家族だろう」

「正則には清正がついているから心配はしてない」

「…俺の心配はしてくれないのか」

「清正がそんなことを言うなんて珍しいねぇ」

少しだけ溢した本音に名前は笑って、慰めるよう俺の剥き出しの腕を撫でる。

名前がいなくなる。俺の当たり前が当たり前じゃなくなることに、漠然とした不安を抱いた。

「どちらにしろ豊臣は生き残る。私達の家も護れる。大丈夫、遠く離れても心は一緒だよ」

「そんなのは方便だ」

「言わないでよ。私が一番よくわかってるんだから。でも、こうとでも言わなければ別れがたいでしょう」

ポンッ、と腕を軽く叩かれる。名前はそのまま真横に手を伸ばし、立て掛けてあった槍を握った。俺を見据える瞳に迷いはない。ただ、少しだけ寂しそうだった。



「清正は大丈夫だよ」



微笑み一つ残して名前は俺の元から去った。










普段はその存在を意識してない。けど、確かに存在している。それは当たり前なことだ。だって、人はそれがなければ生きていけないのだから。空気というのはそういうものだ。俺にとって名前は空気のようなものだけど、残念なことに俺は名前がいなくても生きていける。だけど、

「何が…清正は大丈夫だよ、だ。馬鹿」

お前が居なくなってから息苦しくて、窒息しちまいそうだ。お前はそんな俺を見ても大丈夫だよって言えるのかよ。





呼吸すらままならぬ

(苦しいんだ)











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