すまない、と。そんな言葉は聞きたくなかった。謝罪をしたら選んだ道は間違いだったと言ってるようなものだぞ。それともお前は、謝まらなければいけないようなことをしたのか。そう思ったのが顔に出たのか、長政は苦笑を滲ませた。

「頼みたいことがある」

「何だ」

「敵方の様子を探ってほしい」

「それだけか」

「あぁ。そなたにしか出来ないことだ。頼んだ」

「わかった」

中身のない会話だった。馬鹿みたいだ、お互い知っている。今更そんなことをしてどうなるというのだ。敵はこの城を取り囲んでいるのに、お前は覚悟を決めているのに…わかってる。遠回しに逃げなさいと諭しているんだ。

私を独り残すことが心苦しいのだろう。奥方様は織田に帰ったが私には帰る場所がない。幼少期を過ごした里はある男の怒りを買って滅ぼされた。いや、例え滅ぼされなかったとしても、里へ帰ることは出来なかった。主を決めて外へ出たならば二度と里へは戻れぬという掟があったから。だから、主である長政の側が私の唯一の居場所で、長政を失えば私の居場所は無くなる。久政様を除けば私の存在を知っているのは長政だけだ。その長政が死ねば名前という人間を知る者はいなくなる。それは多分、この世から消えたと…死んだと同等の意味を持つ。長政は私をそんな目に遭わせてしまうのが辛いのだろう。だったら連れて逝けばいいのにそれだけは絶対しない。

「名前、目を瞑ってくれ」

「何をするつもりだ」

「いいから」

渋々ながら従えば瞼を長政の掌が覆った。引き剥がそうとしたが叶わずに諦める。私が大人しくなったのを見計らってから長政は言った。

おまじないをしてあげよう、独りで怖がらずに済むように

額に何か柔らかいものが押し付けられる。それはすぐに離れ、ただ一言。



「息災であれ」



ほら、また。お前は他人の幸ばかりを願う。たった一つの居場所をなくしてまで生きる理由などないというのに。

私は十五歳、長政も十五歳。元服して賢政と名乗り始めた頃から仕えている。初めて出来た自分だけの家臣がよほど嬉しかったのか、扱いは丁寧でいつの間にか家臣ではなく友になっていた。本当はこんなこと思ってはいけないけど、浅井長政の友になれたことが嬉しかった。彼に仕えたことが誇らしかった。私にとって長政は全て。それ以上はない、欲しくもない。



お前さえ護れれば、お前さえいてくれれば、他はどうなったって構わなかったのに―――………





あれから随分と時間が経った気がする。瞼の上の温もりはとうに消えていた。ゆっくりと目を開けば友の姿はない。嗚呼、私は本当に独りになってしまった。


名前、とこの名を呼んでくれる人はもう、何処にもいない。



















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夢主は長政の忍で、彼以外はその存在を知りません。生きていても自分の存在を知っている人が、名を呼んでくれる人がいなければ本当の意味での生きているとは言えないと思います。

ちなみに、長政はおまじないと称して夢主の額にキスをしています。グリル・パルツァーの格言、「額の上なら友情のキス」を意識してみました。



お題、群青三メートル手前様より
滾々五十題
「おまじないをしてあげよう、もう独りで怖がらなくても済むように」使用



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