「ベルトルト、ちょっといい?」
移動の途中に声をかけられ無視するわけにもいかずに立ち止まる。追いかけてきたのはあまり話したことのない女子だ。かろうじて見覚えがある程度。確か名前はアリシア・バイエルだったはず。何の用だろう。一刻も早く、先に行ってしまったライナーのところへ行きたいのに。
「えっと、僕に何の用かな」
「大丈夫?」
「は?」
「調子が悪そうだから、具合でも悪いのかと思って」
「―――――」
咄嗟に反応出来なくて妙な間があいてしまった。確かに今日は調子が悪かったけど、表には出してない。何時も通りに訓練をこなしていたからライナーでさえ気づかなかったのに。探るように彼女を見つめると気恥ずかしいのか視線がさ迷い始めた。
「…どうしてそう思ったの?」
「うーん。なんとなくだよ」
「そっか。でもさ、例え僕の調子が悪かったとしても君には関係ないだろう」
たいして仲もよくないくせに。偽善者か、気持ちが悪い。図らずも刺々しくなった僕にアリシアは目を見開いている。どちらかといえば僕は穏和で通っているので驚いたのだろう。ちょっとぼろを出してしまったがこれぐらいなら取り繕える。ごめん、ちょっと気が立ってて。心配してくれてありがとう。でも僕は大丈夫だから。そう言って切り上げようとしたが、迷子になっていた視線とかち合ってたじろいだ。アリシアは、真っ直ぐに僕を見据えている。
「関係ある。仲間が具合悪そうだったら普通心配するでしょう」
眼差しと同じぐらい言葉も真っ直ぐだった。それは鋭い刃となってここに来てからずっと張り詰めていた糸を切った。仲間?君は仲間なんかじゃない。僕の仲間はライナーとアニだけ。君は滅ぼすべき人類だ。
「仲間だって?笑わせないでよ…」
「ベルトルト?」
「気安く名前を呼ぶな!!」
その瞳に映りたくなくてしゃがみ込み、出来るだけ身体を丸める。何も見たくなくて顔を伏せた。いきなり怒鳴って、おかしな行動をとったというのに彼女は何も言わない。アリシアの気配が近づき、正面で止まる。彼女もしゃがんだのかもしれない。それぐらい近くに感じる…それ以上は何もなかった。ただそこにいるだけ。本当に、何がしたいんだろう。心配してやったのにと怒るか、もしくはおかしなやつだと気味悪がって置いていけばいいの。こんな僕を見限らないでいてくれる。
どこかに行ってほしいはずなのに、アリシアが傍にいることにどうしてか安心してしまって、漏れそうになった声を必死に噛み殺した。
麗しく爛れる月の絶叫